村上春樹さんのカタルーニャ賞受賞スピーチ

スペインの「カタルーニャ賞」を受賞した村上春樹さんのスピーチ内容を記録しておきます。こういう大切なメッセージは、何よりも日本国民に対して発せられるのが必要だと感じている。日本国民が村上春樹さんのメッセージを素直に受け取れ、次の行動に移せる、真っ当なる、誇れる国民であることを信じて、ここに掲載したいと思う次第なのだ。

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この前僕がバルセロナを訪れたのは、2年前の春のことでした。サイン会を開いたとき、たくさんの人が集まってくれて、1時間半かけてもサインしきれないほどでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性読者が僕にキスを求めたからです。僕は世界中のいろんなところでサイン会を開いてきましたが、女性読者にキスを求められたのは、このバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがよくわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい都市に、戻ってくることができて、とても幸福に思います。

ただ残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分、日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転がわずかに速くなり、1日が100万分の1.8秒短くなるという規模の地震でした。

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後に襲ってきた津波の残した爪痕はすさまじいものでした。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ遅れ、2万4千人近くがその犠牲となり、そのうちの9千人近くはまだ行方不明のままです。多くの人々はおそらく冷たい海の底に今も沈んでいるのでしょう。それを思うと、もし自分がそういう立場になっていたらと思うと、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せてしまった町や村もいくつかあります。生きる希望をむしり取られてしまった人々も数多くいらっしゃいます。

日本人であるということは、多くの自然災害と一緒に生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になります。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。それから各地で活発な火山活動があります。日本には現在108の活動中の火山があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、4つの巨大なプレートに乗っかるようなかっこうで、危なっかしく位置しています。つまりいわば地震の巣の上で生活を送っているようなものです。

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ユリイカ「村上春樹総特集号」インタビューで春樹さんが示したメッセージ

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先月12月25日発行の「ユリイカ」最新号では、村上春樹総特集が組まれている。文芸誌というよりも詩の専門誌として評価され歴史ある「ユリイカ」だが、特別に詩とは深い関わりを持っているとも云えない村上春樹さんを俎上に載せて、文壇人によるあれやこれやの村上春樹論が展開されている。今や全ての文芸誌に於いて村上春樹さん無しには商売も何も成り立たないと、業界の裏側で囁かれているようだが、その一端を垣間見たような気分に陥ってしまう。

目玉となっているのが巻頭インタビューだ。「『1Q84』へ至るまで、そしてこれから…」という副題が付いている。「魂のソフト・ランディングのために」といった意味深のタイトルも設けられている。
小澤英実という聞き手がメールにて質問を投げ掛け、春樹さんがそれに答えるといったスタイルがとられている。春樹さんにとってみればそれだけじっくりと時間をとって、質問者に答え得るのであり、軽い乗りのインタビューでないことは明らかだ。

春樹さんがこのインタビューで最終的に云いたかったのは、「物語」の可能性についてであったと思われる。言語への失望、あるいは物語への疑問提起を経て、やはり彼は、小説家としてのある種の社会的使命を自覚したということに至ったと思われる。その言葉はあっさりとしているが、とても重く響いている。以下にその一部を引用しよう。

(以下引用)-----------
「言語には二つの機能があります。ひとつは個々の言語としての力、もうひとつは集合体としての言語の力です。それらが補完しあって流動的な、立体的なパースペクティブを立ち上げていくこと、それが物語の意味です。スタティックになってしまったら、そこで物語は息を引き取ってしまいます。それは常によどみなく最後まで流れ続けなくてはならない。それでいて同時に、個々の言語としての力をその場その場でしっかり発揮しなくてはならない。状況と切り結びながら、正しい(と思える)方向に着実に歩を進めていかなくてはならない。これはもちろん簡単なことではありません。(後略)」
(引用終了)-----------

村上春樹原作映画「ノルウェイの森」の限界

村上春樹さんの原作、ベトナム系フランス人トラン・アン・ユン監督による映画「ノルウェイの森」を、遅ればせながら鑑賞した。単行本、文庫本を併せ総計1000万部以上を売り上げたヒット作が原作ということもあり、書店では毎日、同映画のPRビデオが流れている。懐かしいビートルズのメロディーがあれだけ流されていると、見ない訳には行かなくなってくるもんだ。仕方ない、見てみるか…。初めから過度な期待は持たずに府中の映画館へと向かった。

http://www.norway-mori.com/top.html

本編が流れて数分後に驚かされた。なんと糸井重里さんが大学教授役で出演し、ギリシャ悲劇についての講演を行なっているではないか。村上&糸井コンビで共著を持っている二人の仲だからこんな配役もあるかと、妙に納得させられる。村上ワールドの案内役として、うってつけの人選である。

スタッフカメラマン、マーク・リー・ビンビンによるカメラワークも悪くない。長回しシーンにも独特の揺れがある。常にカメラの視線が揺れている。決してうるさくも不安定さも感じさせることなく動いている。成程、村上ワールドの表現者としてのことだけはあるなと思う。監督とカメラマンとの良いコンビネーションだ。

だが直子役の菊地凛子ちゃんはちといただけない。元々村上春樹の大ファンでありオーディションでも積極的にアピールしたというのだが、彼女にこの役は不向きだろう。国際女優であり美人でもある。だがやはり、小説の世界の「直子」像を傷つけてしまっていると感じさせずにはおかないのだ。とても純な直子が病気を発症し、謂わば壊れていく様を表現できる資質を感じない。彼女を起用した必然性を感じ取ることが出来ないのだ。とはいえ仮に、井上真央、戸田恵梨香、新垣結衣、等々の人気女優が演じたところで、直子を演じ表現できるという保証など無いだろう。無いものねだりというものである。

もう一人の主役、松山ケンイチは、特段の美男子というではなく丸っこい顔立ちやら雰囲気に、春樹さんの面影があり、好意的に受け止めることが出来た。喋り方もこれならば、村上ワールドに登場する主役として異議は無い。

ところで主役二人の会話は、原作のそれとはだいぶ異なっている。春樹さんは映画制作に先立って、監督やプロデューサーに対して、「僕の台詞は映画向けじゃないから直したほうがいい」と語ったとされている。監督、プロデューサーへのプレッシャーを低減させようとする心遣いだったのかもしれない。細かい処ではあるが、「あれっ、こんな台詞があったっけな?」という違和感を持ってしまった。納得できないところも何箇所かあるので、これから原作を読み直して検証したいと思っているところなのだ。

雑誌「考える人」で村上春樹のロングインタビュー掲載

季刊誌「考える人」(新潮社刊)の最新号にて、村上春樹さんのインタビューが掲載されている。箱根の場所にこもって行なわれたという2泊3日のロングインタビューである。

インタビュアーは新潮社の松家仁之氏。この名前は初めて目にするが、おそらく「1Q84」等の、村上春樹さんの著作の担当編集者であろうと推察可能である。春樹作品に対する理解度の高さはもちろんだが、それ以上に濃い関係性の上に築かれたインタビューである。たしかに難しいテーマを遡上に載せながらも、春樹さんとインタビュアーとの会話はしっかりと噛み合って進んでいく。長年培った親和性というものを感じさせる。インタビュー嫌い、マスコミ嫌いで有名な春樹さんだが、少しも構えることなく様々な質問に丁寧に答えていく様は、多分初めてのものだろう。

現在の日本文壇の最大の関心事とも目されるのが、「1Q84」の続編についてであろう。BOOK4は、あるいはBOOK5は有るのか無いのか? それについても春樹さんは答えているのだが、結論から書くならば、言質を与えるような確かな答えを提供はしていない。だが推測するための大きな足がかりとなるコメントは残している。その一部ではあるが紹介してみよう。

「『1Q84』に続編があるかどうかよく聞かれるんだけど、いまの段階では僕にもわかりません。というのも、三年間ずつとこの小説を書いてきて、いまはすっからかんの状態だから。本当にみごとにすっからかん。(中略)
だから、『1Q84』のBOOK4なりBOOK0なりがあるかどうかは、いまは僕には何とも言えない。ただ、いまの段階で言えるのは、あの前にも物語りはあるし、あのあとにも物語があるということです。その物語は僕の中に漠然とではあるけれど受胎されています。つまり続編を書く可能性はまったくないとは言えないということです。」

「受胎されています」。この言葉の意味は極めて大きい。すなわち受胎しつつあるものを春樹さんが自ら堕胎などすることは無いであろう。その確信がこめられている。これだけ語っていただいたのだから、おいらは必ず続編があると確信したのだ。3楽章より4楽章である。総合小説の条件でもある。村上春樹さんがそのことを知らない訳が無いのである。

村上春樹さんのロングインタビューを読んで、最も強く感じ取ったのは、「物語」についてのメッセージであった。「物語」については、おいらもかつて主宰していた「みどり企画の掲示板」にて、次のように書き込んだことがある。

―――――――【以下、過去のおいらの掲示板投稿からの引用】
振り返って自分なりのルーツを訪ねてみたのです。すると、下記のようなイメージが浮かんできたような、はたまた思い当たる思春期の出会いなどが想い浮かぶ。

十代だったそのころのぼくは、片翼飛行機のパイロットだったようにして、急切なる思春期を送っていたようだったのです。それはまるで、巨大な積乱雲の中に閉じ込められて、錐揉み状にして墜落するセスナ機よろしく、誰の力を借りることも出来ずに、しかも自分ではもう力役を尽くした後の飛行だったように、自分にとっての切羽詰ったものがあったのです。

アートや文学にのめり込む事によって、当時の片翼飛行の試運転が持ち直したというようなイメージが強く思い浮かんで来るのです。片翼なりに自らの飛行を続けていくため、急降下錐揉み的墜落を免れるために、あるいはさいきんメロディさんからも教えられたことですが前を見て生きるために、当時のぼくは欠けた片翼をどうにか支えて飛行可能にする手段をアートに挺身する道を選んだのだ・・・というのは甚だ大仰に過ぎますが。そんな心持ちがあったということは云えると思います。
―――――――【引用終了】

当時はネット掲示板でのやり取りが、結構熱く取り交されていたのを、遠い眼差しにて想い出す。メロディさんや、いか@ちゃん、きくちゃんたちからのコメントやら茶々やらを受けて、掲示板は益益の盛り上がりを見せていたのだ。

そして今回の、村上春樹さんのインタビューに接したのだが、そこで述べられていた春樹さんの大量のメッセージの中でも特に胸に届いたのが「物語」に関しての春樹さんのそれであった。だが、その内容についてはおいらがそれまでに認識していたものとは異なるものであった。そんな春樹さんのメッセージの一部を引用してみる。

―――――――【以下「考える人」の春樹さんインタビューからの引用】
物語という穴を、より広く、深く掘っていけるようになってから、自分を検証する度合いもやはり深くなっています。もう三十年以上、それをやりつづけているわけだから、より深く掘れば、違う角度から物事が見えるし、より重層的に見られるようにもなる。その繰り返しです。逆に言うと、より深く穴を掘れなくなったら、もう小説を書く意味はないということです。
―――――――【引用終了】

考えれば村上春樹さんの作品といえば、お見事というくらいに日本文学的テーマの定番でもある「自我」とは無縁である。そのスタンスを徹底して保っている。天晴!と云いたくなくなるくらいにそれは徹底している。だからそれが主たる要因で「芥川賞」を逃していたのである。けれどもここに来て村上春樹さんの評価は国際的に高まっている。「ノーベル文学賞」の候補者として何回も名前の挙がっている有力候補者なのである。「芥川賞」と「ノーベル文学賞」とを計りにかければ、「ノーベル文学賞」に分があることは明らかである。日本文学的テーマの「自我」を捨象したことが「ノーベル文学賞」候補者として有利に働いたのかもしれない。

村上春樹「1Q84」の「猫の町」千倉を歩く

千葉県の千倉に向かった。村上春樹の「1Q84」の舞台となった土地に、千倉という小さな町がある。館山からさらに南下した房総半島の最南端の町である。天吾と長く離れて生活していた父親が、その地の療養所で闘病していて、父との関係を取り戻そうと決意した天吾は、ある日ぶらりと千倉を訪ねるという設定である。BOOK3では、病状がさらに悪化した父親を看病する為、長く逗留するという設定もある。(あまり詳しく書くとネタバレにも繋がるので千倉の説明はこのくらいにしておこう。)

さてここ千倉の町に、作家村上春樹は「猫の町」のイメージを被せ合わせている。「1Q84」の中で、ドイツの無名な作家の短編とされる物語を展開しているのだ。もしやして実在する文学作品なのかと調べてみた。ロシアのボドリスキイという作家が旧ソ連時代に発表した「猫の町」という作品がみつかったが、ストーリーはまるで違っていた。やはり春樹さんのオリジナルな物語のようだ。洒落た構成である。「空気さなぎ」の物語が綴られているがそれと同様のミニチュア版の物語と捉えればよいのだろう。

作中作品「猫の町」では、そのまちにふらりと立ち寄った旅人が登場する。その町が実は人間が猫によって支配されているという奇妙な土地であることに気づく。そしていつの間にか帰る電車に乗ることが出来なくなり、帰る手段を持たない主人公は、知らぬ間に自分が「失われた」ことを知り呆然とする――というストーリーである。「失われる」とは実世界から消失する、すなわち「死」を意味するともとれるが、あるいは死ではない別の特殊な概念を示しているのかもわからない。謎掛けが得意な春樹さんらしい暗喩である。

「猫の町」の猫とは、いったいいかなる風貌、生態などをしているのか? そんな命題を立てて千倉の町の猫を探し回っていたのです。だがなかなか目指す猫を探し出すことができないのでした。

作中作品「猫の町」では、猫は昼間はじっとしていて夜になると動き出すという習性を有していたようなので、昼間の猫に出逢えなかったからといって騒ぎ立てるものではない。かえって合理的なことではないのかと考えていた程である。

という訳であり、駅前の食堂に立ち寄ってビールを一杯傾けてみた。つまみは房総名物「くじらの刺身」である。意外に淡白。魚くさくなく、かといって肉類の味もしない。馬刺しに近い味わいだと云ったら良いか。

考えてみれば、そもそも良質な物語世界を俗的現実世界に当て嵌めてみることも相当無粋である。猫の生態については想像の世界の出来事として留めておくのがよいだろう。

村上春樹著「1Q84」の重要な舞台、二俣尾を散策

「1Q84」を回顧するべく、奥多摩に近い「二俣尾」という場所に向かったのです。青梅線の青梅駅で奥多摩行きに乗り換え、4駅先にその地はあった。天吾が新宿でふかえり(深田絵里子)と初めて会った日に、二人で二俣尾の戎野邸に向かっていた。ふかえりが「せんせい」と呼ぶ元文化人類学者の戎野氏は、子供の頃に宗教団体の一員であり、その団体からも両親からも離れて暮らすふかえりの後見人、保護者でもあった。ふかえりが執筆者とされベストセラーとなった「空気さなぎ」という文学作品が誕生したのも、この場所であったと考えられるのだ。

1984年の世界から「1Q84」の魔界世界へと足を踏み入れた天吾と青豆だが、この地名は、二俣に別れた一方の邪の道に踏み入れてしまったという、基点となる場であることをも暗示させている、特別な意味合いを有した場所なのである。

何も無いような土地柄を想像していたが、自然が豊かな、散策にはもってこいの場所であった。「1Q84」の作品ではこの駅を降り、タクシーで山道を登ったところに戎野邸はあるとされている。眺めると愛宕山がある。その山の方角へと歩くと、多摩川の上流の清涼な流れが眼に飛び込んできた。釣りをしたりボートで川下りをする人の姿もある。奥多摩峡の一部として観光化も進んでいると見える。

実はこの場所へと足を運んだ訳には、一つの推測があった。「1Q84」のBOOK4は、ここが主要なドラマの舞台となるのではないかという思いが離れなかったのである。先日もこのブログ上で述べたが、BOOK4の時間軸は1Q84年の1~3月となるであろう。そしてその主要テーマとは「空気さなぎ」の誕生に関連したものになると推測する。まさにその時間軸こそは、ふかえりが「空気さなぎ」を執筆したときに相当するのではないか? BOOK3の途中で姿を消したふかえりが主人公となって紡がれていくドラマの誕生は、総合小説の設定としてはとても良い。このプロットは春樹さんの頭の中にも存在しているはずである。総合小説の時間軸は直線的に進むものと考えてはならない。時間、空間を、自由に飛びまわって創作される作品こそ、総合小説の名に値するものとなるのである。

この土地には豊かで季節感漂う自然が、当たり前のように存在していた。多摩川にかかる奥多摩橋を渡って少し行くと、吉川英治記念館に遭遇した。大衆小説作家として著名な吉川さんが「新平家物語」等々の名作を執筆した書斎がそのまま残されていた。吉川英治記念館については稿を改めてレポートしたいと考えている。

高純度の純愛小説。村上春樹の「1Q84 BOOK3」は、馥郁たる古酒の香りが漂う

当ブログへのアクセスが激増している。何があったのかと思い「Google Analytics」をチェックしてみると、村上春樹さんの「1Q84 BOOK3」の発売と関係していることが判明した。すなわち、BOOK3の後にはBOOK4という続編が出るのではないかという疑問が、ネットを取り巻く 書籍ファン、関係者たちの間に巻き起こっているのだ。そしてこの現象が要因となり、おいらがかつて2009年10月4日に投稿(エントリー)しBOOK4 について述べていたページへのアクセスが急上昇しているという訳なのである。ちなみに「1Q84 BOOK4」とググッてみれば、3番目にヒットするのだ。

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4ADBF_jaJP314JP321&q=1Q84+BOOK4&lr=&aq=f&aqi=g-s1&aql=&oq=&gs_rfai=

http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=138

予感は的中したのではなく、すでにはじめから既定の路線であったと考えている。三部作よりも四部作である。四部作こそ歴史に名を刻む世界的名著とし ての条件なのである。春樹さんはここに来て、世界の文学界を眺望しつつ、本格小説の完成に向けて更なる野望の一歩を踏み出しているところなのである。

村上春樹さんの新作「1Q84 BOOK3」を読了。600ページにも及ぶ大作章であるが、とどまることを許さないスピード感に乗って一気に読み進めることができた。その筆致はまさに作家をして一気に書き上げたとさえ感じさせる筆遣いである。立ち止まることのできない春樹さんの独特の筆遣いに導かれて、彼の魔界的な物語の世界観に耽ってしまう。そのリズムは懐かしい、「ダンス・ダンス・ダンス」のリズム感である。

ところで、今回の「BOOK3」の読後感を一言で述べるならば、それは純度を上げて蒸留された如くの馥郁たる香りが漂う純愛小説であったと云いたい。純度の高い、国産の純愛小説であり、泡盛や本格焼酎を永年寝かせた「古酒」の如くなりである。

いわゆる読者のニーズに応えるかの如く、ドラマはクライマックスに至るところまでを一気に、それこそ周囲の雑音を排除して突っ走っていく。そしてその行き着く先こそ、読者が求めていたであろうクライマックスの到着点でもある。作家としての村上春樹さんはこの作品で、大きく羽根を拡げているのである。天性のストーリーテラーでもある作家は、まさにここにきて、これまでの全ての「枷」を振り払うかのごとくに、彼の思いをいかんなく存分に解き放って、一気呵成に展開させた物語であると評価するべきである。であるからして前章「BOOK1」「BOOK2」から引き継いでいる物語の、細かな矛盾点や疑問点は、今ここでは論ずるに値しないものとなっている。「BOOK4」の発表をまって氷解していくだろう。

二つの月が浮かんで見える世界を脱出して、天吾と青豆は、月が一つだけ輝いている世界へと辿り着いた。そこはまさに「1984」年の世界であった。「BOOK4」の話題は尽きないが、ここから続いていくであろう「BOOK4」のタイトルを「1Q85」となるだろうと推測する説があるが、けだし邪道である。何となれば月が一つだけ輝いて見えている世界を「1Q85」年と呼ぶことは決してできないからである。しかして来たるべき「BOOK4」は、「1Q84」年の1~3月を時間軸に展開する物語となるはずである。そして物語のテーマとして考えられるのは、次のようなものとなるのだろうか。

・1Q84年の月は何故に二つ見えていたのだろうか?
・新興宗教は、如何にして増長伸長していったのか?
どちらも思いつきで記したに過ぎず、もっと重要であり、必須のテーマが存在するのであろう。

春樹さんの描いた「1Q84」の物語世界は、春樹さんのこれからの「BOOK4」の展開次第では、我が国文学界が誇るべき初めての「総合小説」の姿を指し示すことになっていくだろう。それはまさに作家という特権的な人種にのみ許された、特権的な権利と云えるのかもしれない。

村上春樹の「めくらやなぎと眠る女」

今日、村上春樹の短編集「めくらやなぎと眠る女」を書店で見つけた。米国で出版された春樹先生の短編集の逆輸入バージョンだそうである。ピンクの装丁が洒落ている。半透明なカバーを被せるなどして手が込んでいる。ペラペラめくって少し考えたものの結局買ってしまった。

早速帰宅電車の中で表題作を読んでみる。20頁程度の短編だから丁度よい長さである。普段何もすることなくウォークマンの音を聴いているより小気味よい緊張感、充実の予感である。そんな心積もりだったのだが、4~5頁読み進めたところで上の空。目は確かに活字を追っているのだが、一向に物語りに入り込むことかなわぬ状態。失態である。こんなことはしばしばあるのだが、こと春樹先生の作品でこんな事態になろうなどとは予想だにしなかったのだから自分自身びっくりなのである。眠気が襲ったわけでもないのに何だろうこの弛緩した感情模様は…。

たぶん以前にもこんな体験はあったのだろうと思うのだ。春樹先生の初期作品といえば、短編作品については特にそうなのであるが、このようなだるい気配を物語の要素としていたことをはっきりと思い出すのだ。だるいというのが不穏当であるならば、ゆるいのである。ゆるい物語の、結末もはっきりせぬような展開を追いながらも、この想像力のユニークさは特筆される。春樹マニアは現在の春樹先生の姿をもまた予想していたのだろうと思うのである。

村上春樹のノーベル賞受賞はありや否や?

今年のノーベル賞受賞者が発表されて、もう数週間が過ぎてしまった今更なんだ! というお叱りもありましょうが、今日は村上春樹のノーベル賞は有りや無しやといった、我が国の文学関係者・マニアたちがもっとも知りたいと思われる話題に、ちょこっと触れておくことにした。何となれば、某未来のIT長者氏から「最近はブログから『1Q84』が消えてしまいましたね」という、痛いところを衝かれてしまったという経緯が有ったからであり、さらにまたこの時期を逃せば、春樹先生とノーベル賞との話題に触れる機会さえ逸してしまいそうな、そんなびくっとする予感に囚われてしまったからなのである。

結論から述べれば、村上春樹のノーベル賞受賞は「有り」である。日本の文学愛好家にとってはもとより、世界文学界の歩みにとって春樹さんの歩みは凸凹なる関係性をとりながらも接点を維持しているから、受賞の可能性は大と見なくてはならない。もとよりノーベル文学賞といえども、西欧中心のイデオロギー依存にとっぷり浸かっている。過去のノーベル文学賞受賞理由の大半はといえば、西欧スタイルのイデオロギーをどう身に纏った作品であるかが、述べられるばかりであり、今年はさらにその傾向が激しかったためおいらも些か呆れたのものである。そんな逆境を乗り越えるパワーは、春樹さんには備わっているのだろう。期待は大きく持っていくべきなのだ。

現在60歳にして、イスラエルに乗り込むパワーは尋常ならざるものがある。「1Q84」の4部作(3部作ではない)が完成するまであと3年以上先になるだろう予感はあるが、4部作完成の時こそ春樹さんのノーベル文学賞受賞のタイミングに相応しいのである。

青豆と天吾が眺めた二つの月と、再会叶わなかった高円寺の児童公園

話題作、村上春樹の「1Q84」を紐解きながらページをめくっていると、改めて幾つかのキーワードに突き当たる。物語の終末期において、青豆と天吾がともに眺めて見えたとされる「二つの月」がこれだ。

河出書房新社による「村上春樹『1Q84』をどう読むか」においても、「二つの月」に関しての文芸評論家なる人々の突っ込みとやらが開陳されていて、それはそれで興味深く読んだのだった。SF小説の基本を踏襲していないだとか、その根拠はどうでもいいたぐいのあれ(!)だが、やはりこう書かれているのを見たりしたら、村上マニアとしては些か内心落ち着かないものがあったので、ちと考え考え、創作してみました。今流行の「フォトショップ」というソフトウェアを使って創作した「二つの月」の出来栄えはいかがでせうか?

少々ネタばらしになってしまうかもしれないがご容赦を。

村上春樹「1Q84」の終末場面での、主人公の二人(青豆と天吾)が、互いに求め合い再会を希求するにもかかわらず、ついに邂逅することの叶わなかったという、重要な舞台設定となった場所である。

杉並区高円寺の南口から歩いて数分、環八通りにも近い場所として設定されているのがここだ。児童公園を見下ろせる六階建てのマンションの一室に、使 命を終えた青豆は匿われている。危険を避けるために絶対に外出を禁じられていた青豆だが、同公園の滑り台に居た天吾の姿を見つけるや居ても立てもたまらず 飛び出してしまった。だが、非情にも再会はならず……。春樹さんも可哀想なことをしてくれたものである。

この滑り台に登って眺めた天吾の視線を想ってレンズを向けてみた。「1Q84」のキーワードともなり得る「二つの月」。二人が、クライマックスを迎 えてどの様に見たのだろうかという興味は、無残にも打ちひしがれた模様。おぼろげに霞んで見えたその月は確実に一つの輪郭を有していた。やはり春樹ワール ドを現実的に理解するのは至難である。