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近著として発刊された「パウル・クレー 地中海の旅」を読んだ。画家パウル・クレーによる地中海への旅と彼の創造的ビジョンとが密接に絡み合っていたということを、丁寧に検証して纏めたという一冊である。旅とはそもそも画家にとっての創造の源であるということを、具体的なクレーの絵画作品を基に解いていくのであり、古今東西を問わずにクレーの作品に魅せられた人々に、多大な興味を惹起させている。同書の筆者こと新藤信氏は「日本パウル・クレー協会」を設立した、わが国におけるパウル・クレー研究の第一人者であり、其れこそがまたクレー作品のもつ国際性、否それ以上の無国籍的なビジョン、広い意味での思想性を明示させているのだ。古今東西を縦断してこのような評価を得ている作家として、パウル・クレーの存在感を浮かび上がらせる名著である。
スイスで生を受けドイツで思春期を過ごしたクレーが地中海へ旅したことは、彼の制作的背景において極めて重要な要素を有していたことを示している。海のある地中海的世界を旅行したことでクレーは色彩を自分のものにすることができた。イタリアをはじめとしてシチリア、南フランス、チュニジア、エジプトといった地中海世界の文化との邂逅が無ければクレー作品の重要な部分が残されなかったのかもしれないということを、説得力のある検証によって明示させている。生涯にわたり旅への志向を持ち続けたクレーは旅の節目節目で紀行文と呼ぶべき文章を残している。クレーによる旅の途中のエピソードの数々は「日記」として彼自身の記述で記録され残されている。クレーの日記からの抜粋ととともに時々の作品をながめるだけでもクレー世界に引き込まれてしまう。ヨーロッパ圏から遠く離れた日本のファンを魅了してしまうクレーこそは、近代絵画のヒーローの名に値すると云っても過言ではないだろう。
ゲーテによる「イタリア紀行」を愛読していたクレーはまた、ゲーテが旅した軌跡を追体験しながら創作活動に彩りを付加していたのに違いない。地中海への旅によって色彩を自分のものにしたと語っているクレーにとっては、まさに、異国の地との邂逅によって得られた化学反応が創作活動エネルギーとして貫かれていたということを理解させてくれるのである。