上野で久しぶりに「どじょう鍋」を食した

帰宅困難者となっていた昨日のおいらは、上野へと向かっていた。低廉価格のホテルでチェックインを済ませると、アメ横界隈へと向かっていた。そもそも「爆弾低気圧」とも呼ぶ台風並みの暴風雨の影響で、下町上野の繁華街も閑散としていて人通りもまばらであった。ガード下の本道を逸れてある看板、即ち「八起」が目に付いたおいらはその暖簾をくぐっていたのだった。つい先日には赤羽の同名の居酒屋の名前が引っ掛かっていたこともある。

そこで偶然にも出会ったのが、麗しの「どじょう鍋」である。他で食したのとは少し違い、と云うよりもだいぶ違って、卵とじの調理法で出されていたのだった。そんな卵とは余計な食材では決して無くて、充分に旨みとマイルドさとに加えて及びの+アルファーは、エグミであった。こんなエグミこそは生命を生きさせる。生き生きとさせていくための必須の要素なのである。エグイ=生きるという方程式を忘れてはいけないのである。

馬鹿総理こと野田は、自らをどじょうになぞらえながらも、どじょうのエグミには知識が及ばないようである。こんないんちき野郎の総理大臣は早く退散してもらおう。