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朝吹真理子さんの「きとこわ」と並んで今年上半期の芥川賞受賞作である。
マスコミによる批評の数々を眺めれば、久々の本格的私小説といった評価が並んでいるようだ。同受賞作品を一読したところ、確かに際立って個人的な事柄を題材に、これでもかというくらいにさらけ出し、独特の筆致で物語りにまとめ上げている。
だがどうも、おいらが永い間受け入れてきた「私小説」とは異質なのだ。例えば太宰治、坂口安吾といった昭和の巨匠作家たちのような、芸術文学に殉ずるといった志向性を感じ取ることが出来ない。
西村氏の極私的生活の中でのあれこれは、派遣事業者によって搾取された貧困が故の困窮だったり、父親が猥褻罪で逮捕されたという身内的の恥的体験だったりと、特殊な環境に由来するのだが、それらを越えるテーマが見当たらない。たぶん作家自身によって設定されることがないのではないかと思われるのだ。
私生活を越えるテーマを持ち得ない作家が芥川賞を受賞する意味は、はてな、如何なるものなのだろうか?
中上健次の再来と称する向きもあるようだが、残念ながら、それほどの凄みも感じさせることはみじんもない。
苛酷な労働環境に身を置きつつ「苦役列車」の旅を続ける作家の私生活は惨めで滑稽でさえある。この芥川賞作家は、これからどのような未来を描いてゆくのであろうか? どうでもよいことではあるが、少々の関心は持ち続けていきたいと思うのである。