尾崎豊を聴きながら振り返る「卒業」という名のセレモニー。

朝、晴着の若い女性を何人も見かけた。何があるのだろうかと思案していたが、「卒業」というセレモニーの日なのだということが判った。近頃の大学、短大の卒業式と云うのは大学構内ではなく巨大なホール等のイベント会場を借り切って行なわれるそうだ。きっと日本武道館やらは大盛況の1日だったことだろう。

ところで「卒業」と云えば、社会への第一歩ととらえる向きが一般的であるが、学校支配からの卒業という一面も忘れることはできない。教育という名の管理、支配に反発を抱いていたおいらにとって卒業とは、早く乗り越えるべき通過点でしかなかった。だから今振り返っても、卒業式で何を得たかはもとより何が起こり何をしたかということさえ覚えていないのである。自分とはあまりにもかけ離れたイベントであるということを、今更ながらに感じている今宵である。

それかあらぬか、今宵は尾崎豊の「卒業」を無性に聴きたくなったのである。ジーンと歌詞をかみ締めつつ聴き入っていたのである。尾崎豊はかねてよりのファンである。カラオケに行って「I Love You」「Oh My Little Girl」「シェリー」などはよく歌うが、こと「卒業」については未だに人前で歌ったことがない。何故かとも思うが「卒業」を人前で歌うには特別な勇気とやらが要るのかもしれないと感じているのだ。それくらいに大きな意味を持つ名曲である。尾崎豊はある意味での「腫れ物」であったのかも知れないと思うことがある。腫れ物にはあまり近付きたいとは思わない。だが、それだけ彼は特別な存在であったということは間違いのない事実であった。

尾崎豊を聴きながら振り返る「卒業」という名のセレモニー。」への2件のフィードバック

  1. 中二病・・尾崎、吉川なんてどうでもいいです。本田恭章ならまだましか。

    音楽学校というよりも、音響美術学校経営、ナオレコ実験音楽塾の経営を計画してる。

    スカウト活動もするつもりだ。

    高田渡の子供で高田レンっていうのかな。高田レンが尊敬していて共演してるのがYMO(坂本龍一)である。

    これからつくる音楽塾、生徒や弟子をスカウトした場合、最初に口すっぱく指導することは
    「YMO坂本龍一の音楽だけは聞くな」ということである。

    だったら何から聞くか、
    坂本龍一が、実は憧れてる
    スロッビング・グリッスルから始めなさい、あとYMOと共演した
    緒川たまきのレズ映画を見るところからはじめる。

    川上巨人軍はブイキューを達成した。私が川上監督や真弓監督だとしたら、牧野コーチ(伊東ゆかりと仲が良かった)な参謀が必要かもしれない。

    三原監督「若松よ君は中利夫みたいなバッターを目指しなさい」

  2. 高田漣(高田渡ジュニア)少年時代はYMOのファンで、ペダルスティールを始めた動機は「キーボードみたいだったから」。ブライアン・イーノのアルバム「APOLLO」の中でダニエル・ラノワが演奏するスティールギターのサウンドが自身のルーツにあるとも語っている。
    アコースティック楽器やペダルスティールのオーソドックスなフォーク/カントリースタイルのプレイの他、エフェクターを多用したペダルスティールで空間的なサウンドやシンセサイザーのようなエフェクティブな音も作り出している。 また、独自の活動を始めて2007年現在、自身のソロアルバムも五作品リリースしている。
    また、俳優・大杉漣の「漣」という芸名は、彼の名前の「漣」に由来する。

    ★坂本龍一よりfuruharaのほうが凄いだろ、高田漣はアホだな

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