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書店で松浦理英子さんの「寄貨」という新作を目にし、迷うことなく購入していた。おいらの世代の文学愛好家にとってはおそらく、松浦理英子さんという名前には相当な畏敬の情を抱いているであろうと思われる。以前に掲示板上にて、博覧強記な某執筆者との会話などにてそのことを確認したという記憶が存在する。芥川賞も直木賞も受賞していないが、却ってそのことが当作家の経歴に箔を付けているかのごとくである。「ナチュラル・ウーマン」「親指Pの修行時代」等の代表作品により、変態的性癖を抱く登場人物達を独特の筆致で描く彼女の作品は、ファンである読者にとっては純文学の可能性を示唆していたのである。寡作な作家として目に触れなくなって久しかったのだが、本年8月には新作を発表していたということであり、実力派作家の活動再開に拍手を送りたい気分でいっぱいなのではあった。
先ずはこの作品中を流れる語彙の使用法に、おいらも懐かしい時代性を感じさせていた。昨今の流行作家達の使わない、ある種古色蒼然とした類の語彙が随所に散りまぜられている。若手作家のよく使う独りよがりの語彙は消えて、日本人の血脈を受け継いだ言葉によって物語が紡がれている。扱っている素材、テーマが女性の同性愛や変態的男性の関わりであるにせよ、言葉の紡ぎ方が、おいらの世代の文学愛好家達には心地よく響くのだ。
「奇貨」とは珍しい資質を持った人間存在のことを指しており、もとよりこうした希少な人材を手元に置いていくことで戦を有利に進めるべきだという故事の由来に依っている。だがこの作品中における「奇貨」というそんざいは、通常の人間関係においては成り立ちにくい関係性を有する存在であるということ。そんな「奇貨」を相手にしつつ、もう一人の主人公が人間存在の糧、云わば実存をかけて相対している。その関係性はとてもスマートであることが今風物語の限られた証拠の一つであると云えるだろう。