仕事帰りに「南部屋」という居酒屋の看板を見つけ、引き摺られるように自然と足を運んでいた。「南部」とは、岩手県北部と青森県南部の、かつての南部藩の領地を指している。明治の廃藩置県で岩手と青森に分離されてしまったが、この地域一体は一つの歴史文化圏なのだ。
足を踏み入れたその居酒屋は仕事帰りのサラリーマン達で賑わっていたが、地元の銘酒「南部美人」の酒瓶やポスターが店内にあること以外は通常の居酒屋と大した違いは見当たらない。メニューを眺めても、刺身や焼き鳥、肉じゃが、肉豆腐、等々とありきたりのものが並んでいる。些か拍子抜けである。
そんなことを思いつつ、お勧めではないレギュラーの所謂グランドメニューに目を走らせていると「ひっつみ」を見つけたので早速注文してみた。
何度かここでも書いているが、「ひっつみ」とは小麦粉などの粉類を練ってつねって具にした汁物のことを指している。全国的にホピュラーな戦時中に食された「すいとん」に似ているが、スープ汁につねって入れた具の、その姿形や触感が独特なのである。
青森県側には「せんべい汁」という郷土料理があり、それとの類似もよく指摘される。だが味わいは「ひっつみ」に分があると、常々おいらは感じているところなのである。何よりも麦やその他の雑穀に対する愛着が齎した料理が「ひっつみ」だということだ。小麦粉以外でも、ひえ、あわ、そして最近ではアマランサス、韃靼そば等を用いた「ひっつみ」料理も提供されている。
そして肝心の「南部屋」で食したひっつみについてだが、小ぶりのお椀に入って出てきたのには、再度拍子抜けだった。地元の料理だったらがっつりとボリューム感があるだろうに、こんな味見をする程度の料理にはがっかり。
居酒屋メニューだから、がっつりボリュームを出したら酒の量や他の注文が進まないだろうし、居酒屋メニューとしては当然なのかもしれなかった。
だが思い直してひっつみのちぎられた具を口にし、出汁の効いた汁を啜っていると、妙にひっつみ料理の良さに納得したのだ。やはり調理人が手でちぎったひっつみは美味いのだ。こんな素朴な郷土料理は珍しいだろう。