吉祥寺駅から北口に降りてすぐのところに「ハーモニカ横丁」という狭い横丁の路地裏街が存在している。人が行き交えば肩が触れそうなくらいに狭い路地に足を踏み入れれば、其処はまるで、時がさかのぼってしまった過去の商業空間か、或いは過去と現在とが交錯したワンダーランドのような光景に遭遇する。古き時代の商店街の面影が漂っているとともに、まったく現代的な光景がその中で息づいているのだから不思議だ。
入口近くの魚屋には、活きの良い鮮魚が薄暗い路地裏の光の中で飛び跳ねていた。鮟鱇の内臓の切り身があったり、刺身用の深海魚が並んでいたりと、普段の商店街の魚屋とは異質であり、魚の顔を眺めているだけでも興味は尽きないのだ。
路地をもう少し行くと、小さなギャラリーの入口が目に入る。手作り小物の販売を兼ねたミニギャラリーであり、狭い階段を登るたびに新たな出逢いに時めいてしまいそうだ。入口のアピールの仕方もなかなかキュートな趣を感じさせる。
そして一巡して立ち寄ったところが、「のれん小路」の中の小さな小さな居酒屋であった。その昔、おいらが高田渡さんと吉祥寺で出逢ったその日に、この小路の居酒屋にて一献交わした想い出の場所である。
今回改めて暖簾をくぐった店内は、結構今風な装いに彩られていたのであり、新しい吉祥寺の顔と云ってもよいくらいなものだった。そこで食した幾つかのつまみの中で、「紅芯大根の浅漬け」には驚かされた。紅芯大根という種類の大根があることさえその時知ったことや、独特のえぐみが強かったことやら、居酒屋メニューの常識を覆すくらいのインパクトだったのである。けっして美味しい食べ物ではなくてしかも心を動かすというのだから、相当な曲者だと思われる。
こんなメニューをさらりと提供して呑兵衛の気を引く。さすがに高田渡さんが愛した横丁だけのことはあったのである。