「村上春樹の秘密」(柘植光彦著)の功と罪

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村上春樹という作家は素顔を晒さない作家である。例えばTV、ラジオ等の媒体でインタビュー取材を受けているのを見たことが無かったし、公の場所での講演会、討論会のたぐいにも顔を出すことがほとんど無い。それ故のことなのだろう、一昨年にイスラエルの「エルサレム賞」という賞を受賞したときの授賞式でのスピーチは、数多の日本人に対して、強烈な印象を与えたのだ。あの村上春樹が? 何故日本ではなくイスラエルで? といった反応が噴出していたことを想い出す。それは今なお強固なイメージとして人々の記憶に刻まれたものとなっている。

そんな作家・村上春樹の素顔をことさら明るみに出して、「秘密」を暴こうとするのが「村上春樹の秘密」のテーマかとも思わせる。確かに春樹さんの父親がお寺の僧侶であり進学高校の国語の教師を退職した後に住職として寺を継いだこと、家では毎日仏壇の前でお経がとなえられていたこと、春樹さん自身は太る体質なので走ることを欠かさないようにしていること、等々の隠されたエピソードの数々を暴いてみせる。当書の構成上は「アメリカ文学の影響」「愛と性行為の意味づけ」などが盛り込まれているが、常識的な分析にとどまっており、あくまで主体は春樹さんの「隠された素顔」を暴いていこうという意図が臆することなく記されていくのだ。

著者の柘植氏は、東大出身で現在は専修大学名誉教授。文芸評論家という肩書きを持つそうだがこれまで彼の評論を読んだ記憶が無い。大学教授という職業柄得た情報もあるのだろうが、これだけ村上さんの私生活を事細かに詳らかにできるのは相当なおたく的情熱を注いだことに依るのだろう。読んだ読後感は悪くは無かったが、当の村上さん本人が読んだらどう思うのだろうか? プライバシーを侵害されたと感じるのではないかと、余計な邪推もしてみたくなるのである。

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