先日、調布の深大寺界隈を散策した折に「岩根絞り」と云う珍しい種類の椿に目が留まり、購入したのであった。濃紅地に白斑が大きく現れることが特徴とされており、椿の中のアウトサイダー的印象を与えている。アウトサイダー的存在はそれ自体でおいらのフェイバレット的存在でもあり、この特殊な椿の開花を、是非自宅にて目にしたくなり、遠い散歩のお持ち帰りとなった訳である。
未だ開花はせぬが、もうすぐ開花の兆候が表れている。これから八重咲きをして斑模様が特別な美しさを開花させてくれそうなのである。
八王子のオーナーシェフ、天野順子さんが営むインド料理店として、つまりはインド人の経営ではない日本人のインド料理専門店として地元の老舗店である。とても美味しくおいらも以前からお気に入れである。
http://www.geocities.jp/lorcachi/
久しぶりに訪れたら、チキンや野菜のカレーと云った定番メニューに加えて「なすカレー」というメニューが目に付いた。TV番組の中でも取上げられたと云うことであり、大々的にアピールされていたのであり、おいらは其れに飛びついてしまったと云う訳ではあった。
見た目は「キーマカレー」の様ではあるが、挽き肉は控えめであり、茄子が味をマイルドにさせており、瑞々しい茄子の出汁とカレーのスパイスとが相俟って、独特絶品と云える風味を醸しているのである。此れはこれでまたおいらの好物の一つとして記しておこう。ちなみにおいらの学生のときからの知己である竹中直人氏が、ユーチューブで当店について語っているので紹介しておこう。
今朝からずっと、吉本隆明さんが亡くなったというニュースにふれて、悲しみにくれている。
高齢ではあるがここ近年においてもなお旺盛な執筆活動を続けていたことと、今日の逝去のニュースとのギャップが中々埋まらなかったのだ。巨星が逝ったことを理解するに相当程度の時間を費やしていた。
こんなことは肉親、身内の人間以外には無かった事だし、恐らく、今後とも考え難い、とても耐え難いことがらであった。
遥か昔になるが、おいらがまだ20歳に届かない思春期の一時期に、吉本隆明さんの詩作に触れていた。
難解且つ晦渋なその詩的世界を理解しようともがきつつ、彼の思想的な著書をむさぼり読んでいた。
多分その関係性は、入れ込んでいたとか好きだったとか云った位相を凌駕しており、関係の絶対性という、吉本さんのキーワードにも繋がるような、強固な関わりがあったのだ。
おいらは所謂団塊の世代よりもずっと後に生を受けており、先輩たちの受け取り方とは異質に、吉本さんと相対していたと云えよう。最も尊敬すべきは、「思想」という代物が、舶来輸入品ではなくて確乎たる人間としての営みからのみ作り上げられるものだとして、吉本さんの思想的営為が受け入れられたということに他ならない。
思想することは生きることの同義であり、産経新聞論壇に代表されるお馬鹿な大衆保守主義や所謂戦後民主主義といった、出来合いの思潮的風潮をけち飛ばすくらいのパワーで、戦後の日本の思潮的一里塚を築き上げたのである。こんな営みを他の誰がなしえたといえよう。
晩年の吉本さんは、小沢一郎に入れ込んだり反原発を批判したりといった、おいらの考えとは異なる発言を発していたのであったが、たとえそれはなかろうぜ、といった言説に触れていても、吉本先生の思索のたまものだと受け取ることができたのである。
本日はそんな日でもあり、おいらも献杯を重ねて思考力が著しく鈍ってしまっているようであり、また日を改めて、吉本隆明先生の偉大さに触れていきたいと思うのである。
東日本大震災からまる1年の今日、復興支援をテーマにした「つくることが生きること」という企画展がスタートした。
■「つくることが生きること」
東日本大震災復興支援プロジェクト展
3月11日(日)~25日 12:00~19:00
会場:アーツ千代田3331
東京都千代田区外神田6-11-14
TEL 03-6803-2441
被災地にて復興に尽力する人々の等身大のメッセージを捉えた映像作品が流され、復興とアートとの密接で強靭な繋がりを意識させる視点が強調されている。
往々にしてアートや映像の限界、無力感に襲われるが、それを打ち返すのもまた、これらのたゆみなく「つくりこまれた」映像やアートの力であろうと思うのだ。
会期中は、「六ヶ所村ラプソディー」(鎌仲ひとみ監督)、「なみのおと」(濱口竜介、酒井耕監督)と云った映像作品の上映&トークイベントも予定されており、復興への力を与える一助になると期待されている。両作品の上映日(17日)はおいらは所要で足を運べないが、とても気になるイベントである。
就寝前の3時間はものを食べてはいけませんと、指導医からきつく指導されているおいらであるが、たまに禁を破って夜食に手が伸びてしまう。若い頃の夜食とは自ずと異なり、肉、ソーセージ類は使用せず、有り合せであるけれども出来るだけ多種類の野菜を煮込むことを心がけている。
そんな夜食で最近重宝しているのが「韓国ラーメン」。所謂「インスタントラーメン」であり、韓国でラーメンと云えばこの種のものを指している。生麺が普及していないというのだが、其処には「反中国」の国家的政治的意図が働いているのではないかと訝ってしまう。韓国は日本に対して以上に中国に対するそうとうの敵愾心を抱いているのかと考えさせてしまうのだ。
仮想敵を作って国内世論を引き締めようというのは中国の得意芸であるが、韓国も負けず劣らずの、国内引き締め策に余念が無いようだ。ラーメンに生麺が使用されないという食生活は、国際国家の条件にかなう訳など無く、EPAを推し進める李明博政権の実態が見て取れるのである。
真の国際化はアメリカのいいなりになり貿易自由化することなどでは決して無く、国の独自性を維持しながら、他国の良い習慣や生活アイテムを取り入れていくことが基本となるのであり、中華生麺が日本の蕎麦や饂飩と匹敵するくらいのグレイトな麺であることを認めていくことを除いては在り得ないと云って良いのである。もちもち太目の韓国ラーメンの讃歌を記そうとしていたのだったが、そんな気分もなくなってしまっていた今宵なのであった。
もうかなり昔の話になるが、八王子の長崎屋デパートは潰れてその跡には「ドンキホーテ」がお出ましとなったのだった。おいらもちょくちょくとこの安売り店には足を運んでおり、激安酒やら激安家具やらと云った物を漁っているのではある。何せこのような不況の時世ともあれば少しでも安いもの安いものへと触手が伸びてしまうのも致し方なきことと思われ候。
ところで先日は、「真鍋かをりさんもこれでダイエットできた…」云々の店内アナウンスに惹かれて図らずも、ダイエットサプリ「ジーザスボディ ≪Jesus Body≫」を購入してしまった。商品の装丁デザインを見るからに、如何にも危なそうなサプリであることが匂って来るのだが、真鍋かをりさんがダイエット成功した云々の店内アナウンスの迫力にも圧倒されてしまっていた。結局は購入し、先ほどは3粒ほど口に入れていた。使用説明の「お召し上がり方」には、「1日あたり6粒から12粒を目安に水またはお湯でかまずにお召し上がりください。」とある。3粒ならばまだまだ宵の口ではある。使用説明書と違うのは、おいらが水またはお湯ではなくお酒と一緒に口にしていることであるが、結局日常的行為であるのでことの重要度からは低いと云えよう。
健康指導の女医さんのアドバイスにより、現在ダイエットに精を出しかかっているところのおいらではある。ダイエットはそこそこ進行はしているのだが、もっと過激にダイエットをしたいという欲望がこのダイエットサプリの購入、使用へと駆り立てて行ったのだった。一定のセーブは利かせつつも、ダイエットサプリの効果についてもこれからレポートして行きたいと思っているところなのだ。
中国料理系居酒屋で飲んでいた際に「水餃子」を注文していた。何時もだったら「焼餃子」なのだが、今日は気紛れの風が吹いたようにて、普段とは違うメニューを食する羽目になったのだった。
出てきたその「水餃子」は、スープにも入っていないただの茹でた餃子であって、それに葱の切身がぞんざいにかけられていたのであり、おいらは一見して残念な思いにかられてしまったのだった。やはり焼餃子にすべきだったと考えたのも後の祭りであった。
凝視してしまったところ、その「水餃子」とやらは、薄っぺらい皮に包まれたワンタンを大きくしたような代物だったのだった。ワンタンも時々は食するが、取り立てて美味いものではない。ワンタンをわざわざ注文して酒を飲むのも、ある種の不条理と云わねばなるまい。
日本の餃子は焼くのが当たり前であり、こんがりと焼き目を付けて、其れを見た目でも味わいつつ食するのだ。それに引き換え「水餃子」ときたら、薄っぺらな生地から透けて見える肉のあんのみすぼらしき様相である。この違いは決定的であると云うべきと考えていたのであった。
しかるにして全く納得できないままにして、「水餃子」メニューを後にして、中国系居酒屋を立ち去ったのであった。
韓国料理に「チャプチェ」という料理がある。韓国風の春雨を基本に、玉葱、人参、竹の子、ほうれん草、等々の野菜と炒めて、ゴマを振り掛けるというシンプルな料理だ。味付けの多少の相違はあるが、日本や中国の料理メニューにも、同様のものが無い訳ではないが、やはりこの手のメニューの代表格は「チャプチェ」ということになる。
巷間流布され聞くところによれば、お隣の韓国という国においては、美容整形及びそれに付随するダイエットの風潮が満開の様子ではある。おいらがチャプチェを注文した某店にても「野菜たっぷり」などと、美容に良いという点が強調されていたのであり、おいらもそんな文言に惹かれてしまったことは否定できない。
今回食したチャプチェは、辛味もほどほどに抑制されていて、味付けは程よい韓国風といった塩梅だった。日本風、或いは中国風の春雨炒めとの、云わば決定的な違いというものを捉えることは、残念ながらできなかったと告白しておかねばならない。
春雨炒めというメニューであれば、或いは日本風か中国風のものの方が優れているのかもしれない。ということを本日のクエスチョンとして指摘しつつ、キーボードを置くことにする。
先日購入したTANITAの体脂肪計で、体重管理を行なっているおいらである。初期設定も無事に終了することができ、今では体重計(体脂肪計)に乗るだけでスイッチが入って、体重はおろか、BMI、体脂肪率、筋肉量、内臓脂肪レベル、基礎代謝量、そして体内年齢が、自動的に測定されるようになっている。流石は体脂肪計で鳴らすTANITA製だけのことはある。
おいらに健康指導をして下さっている指導医の女医さんの指導に従って、出来る範囲での朝と夜(寝起きと就寝前)の体重を量るようにしているのだ。この値を見ると、就寝前には体重はピークを迎えているようであり、逆に寝起きの間際の体重の値は極めて低くなっている。その差は最大にして1.5kg、平均的に0.5kg程度の差異が見て取れるのだ。
何しろ夜の就寝間際には、1日の中での最大の体重が計測されているのであるから、この値を如何にして下げるかと云うことが、ダイエットの成功のつぼであると考えられる。夜の食事を控える、飲酒量を控える、特に就寝前の食事はしない、等々の基本を踏襲するならばおいらの基本的体重は下がって行くことが見込まれるのだが、こと深夜の飲酒量を下げることだけは極めて至難の業ではある。これがおいらの前に立ち塞がっている巨大なる壁ではある。
みどり企画が企画、公開するギャラリーをお楽しみください。
みどり企画の主宰者こと小林活夫の作品の他、主宰者がお奨めする作品なども、これからどんどん紹介していきたいと考えています。
第1弾として、先月に旅した「奥飛騨」「新穂高温泉」界隈で撮影した写真群をアップしました。
これからしばしばに公開作品内容を入れ替えていきますので、時々は当ページにも見に来てください。
TANITAの体脂肪計を購入した。先日の健康相談にて「あと3kg体重を落としましょう」とアドバイスを受けてのことだ。「出来れば毎日、体重を量る癖をつけてください」と、健康相談を行なってくれた妙齢の女医さんが熱心に指導をしてくれ、「針で見るのではなく、デジタル式の数字でチェックできるのが良いですね」と、まあTANITAのまわしものではありませまいが、まるでTANITAの体重計を買いなさいと、薦めているに等しく受け止められたのであった。
地元の「ヨドバシカメラ」店の売場へ赴くと、TANITAの製品と並んでオムロン製のも同数くらいに並んでおる。オムロンと云えば、浅田真央ちゃんこんなが登場する「無論オムロン」のCMで名高い。どちらも体重計の主力企業であり、しばし悩んだが、結局はTANITA製のものを購入することに決めた。TANITA製の製品というのは、体脂肪等の付加価値的測定でのトップランナーという企業イメージに、結局ははまってしまったかのようである。
単なる体重計とは異なり、最初に器械の設定を行なうのだが、今日の日付から、利用者の登録、身長、生年月日、性別、等々の登録を行なう必要があり、これが存外面倒だった。体脂肪を測定するには靴下を脱いで裸足になって測定器に乗る必要があり、またそれ以前に体重を測定するには、身体に身に付けた洋服、ズボン等の衣類を脱ぐ必要が生じる。こんな極寒の夜に行なうには至難の業と云うべきであり、おいらも多少ならずに躊躇し、結局は登録や細かな測定を明日以降に持ち越してしまっている。明日からはしっかりと自らの体重、体脂肪、その他諸々の管理に励むつもりのおいらなのである。
秋葉原駅周辺を歩いていたところ、あるビルの1階ホールに蝟集する人々の姿が目に飛び込んできた。ほとんどは黒か紺色スーツを身にまとったサラリーマンたちであり、彼らに混ざってOL、おたく青年たちがまばらに入り込んでいる。近づいてみたところ、「缶’s Bar」という立ち飲み店であった。
入り口周辺には大量に並べられた缶詰めの棚がそびえている。それを眺めながら入った客は、各々好きな缶詰を手にとってカウンターへと進み、これまた好きな酒とともにの注文を行なう。缶切りがさりげなく置かれており、会計を済ませた缶詰は客が自ら缶を開けていく。そんなセルフサービススタイルが自然にマッチしている。立ち飲み店の新しい姿と云えよう。
棚に並べている缶詰は、鮭、ツナ、オイルサーモン、コンビーフ、貝類、焼き鳥、うなぎの肝缶等々、多岐にわたっており、中には「おでん缶」なるアキバ名物もその一角を占めていた。品揃えの多様さ、おたく受けするマニアックさ等から、アキバならではの品揃えと頷くこと請け合いなのだ。
こじんまりとした狭いスペースながら、店員等の関係者が多く見受けられていたのだが、この店はJR東日本関係の社内ベンチャーの一種の、さる企画で立ち上がったのだという。オープン当初の賑わいはまるでお祭り騒ぎである。この喧騒が果たして何時まで続いていくことやら、注目していきたいところではある。
■缶’s Bar
東京都千代田区神田花岡町1-19
JR秋葉原駅総武線高架下
自宅への帰り道の自転車を走らせていたら、ふと「石焼き芋」販売の車に遭遇した。小さな車両に煙突を小脇に抱えた鉄釜の焼き芋機がとても懐かしい郷愁をそそっていたのであり、一度通り過ぎた道を引き返して、焼き芋一丁を注文。「小さいので良いですからね」というおいらの声に、「サービスだ、まけとくよ」という生きの良いかけ声が返って来た。これまた懐かしのロウを刷り込んだ焼き芋用の紙袋に入れられて、ほくほくの焼き芋が渡されたのであり、冷めないうちに早く帰って食べようと云う思いで、自転車のサドルを力一杯にこいで帰って来たのだった。
流石に汗をかくことはなかったが、息せき切って帰ってすぐに、石焼き芋を真ん中から二つに割ってみた。すると期待以上の鮮やかな黄金色した芋の身の部分が視線を凍えつかせるようにしていた。何度も何度も飽きることなく焼き芋の黄金色の身に視線を集中していたおいらは、ピンと張った芋の繊維の優雅さにも見とれていた。
そしてほくほくとして熱い焼き芋を頬張ったのだった。美味いことはもちろんだが、この品種はおいらが子供の頃に食べた頃にはなかったものである、きっとそうに違いない! という発見に、こころ時めかされていた。昔の焼き芋は素朴で美味かったが、こんなに瑞々しく水分を含んではいなかった。だから多少ぱさぱさしていたのだった。それなのに今日日の焼き芋と来たら、とろけそうなくらいにジューシーで瑞々しいのだ。これには驚きを隠せなかった。味もクリーミーであり、very good!
浅草の浅草寺にお参りした後で、何処かで一杯やる店を探していた。有名な「神谷バー」は行列が出来るくらいの混雑であり、並ぶことが大嫌いな(殊にグルメ雑誌やらで取り上げられている店舗における行列の一員になることなどまっぴら御免なる)おいらは、さっさとその場所を離れて、名店街を散策していたのだ。
そんなときに偶然、「ニュー浅草」本店に出喰わすことになったおいらは、その看板に吸い寄せられるようにして入口の門を潜っていた。
店内に入ると、巨大な提灯に迎えられたのだった。ちょうど、浅草雷門の提灯にも似ていて、浅草らしさをアピールしていたと云えるだろう。
個人的に「ニュー浅草」で思い出すのは、神田神保町界隈の「ニュー浅草」支店における、様々な光景である。出版関係者の集いの二次会でその場所を利用することが多かった。神田に存在する「浅草」が本場の居酒屋と云う、憧れる条件を有していて、個人的にも何度か利用したことがあった。同様に中野にも同支店が存在し、近辺の取材やらではが終了した暁には、よくその場で癒しの時を過ごしていたものだった。
そうして今回の、いわば偶然的な本店来訪である。簡単に説明すれば、「ニュー浅草」は「神谷バー」と「ホッピー通り」の間に位置している。其処はまさしく浅草商店街の真ん中に近い。だが、店内に足を踏み入れたおいらがまず感じたことは「寂れているな」の一言であった。支店の活気がここでは感じられないのだ。しかも、つまみとして注文した「肉じゃが」やらその他諸々も、ありきたりであり、隣の客の焼き鳥もパッとしなかった様也。あまりに常識的過ぎて興味を半減させていたのだった。
もしかすると本店よりも支店の方が活気があって、本店は単なる飾りなのではないかと感じていた次第なのであった。
先日当ブログにて紹介した東京都現代美術館での企画展「建築、アートがつくりだす新しい環境」展では、とても興味深いブースがあった。
ヴィム・ヴェンダース「もし建築が話せたら…」という、3Dインスタレーションのブースである。
イメージとしての例えばアップル社の社屋が連想される建築物が、声を放って語りかけている。
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ある場所が気に入って
そこで長い時間を過ごしていると
声が聞こえてくることがあります。
場所には声があって
建築は話をするのです。
そう、あなたに話しかけています。
聞こえますか?
話し方は本で勉強しました。
私は勉強することが得意なのです。
勉強のための建物だから、何の不思議もないけれど。
私は本が好きです。
本を読む人たちが好きです。
さあ来て、読んで、学んで。
中に入って、そして歩き回ってほしい。
行ったり来たりしてほしい。
私はいつでもここにいます。
動くことができないから。
みなさんのように旅ができたらどんなに良いでしょう。
もちろん私も、他の場所のことは知っています。
でも、本を通じた知識しかないのです。
(以下略)
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ちょうど我が「みどり企画出版」では、建築写真集「瞬間の連続性」を刊行したところであり、建築が語りかけるかのごとくのシーンも、ページのかしこに見て取ることができるのである。
同写真集のお求めは、下記アドレスからどうぞ。
http://midorishop.cart.fc2.com/ca0/2/p-r-s/