普通の「コロッケ」は確かに「メンチ」よりも旨い


じゃがいもたっぷりの普通のコロッケを食した。揚げ物と云えば脂っこい料理の代名詞とも云えるのであるからして、おいらはたまにしか口にすることが無いのではある。然しながら「コロッケ」については特別なOKメニューであり、度々口にすることが多いのだ。

小さい幼少の頃にはコロッケとミンチカツの違いがよく判らなかったものだが、今ではコロッケとメンチカツの違いこそ、おいらがコロッケを優遇して愛する理由が存している。即ちコロッケという大地の恵みをこくと味わいを付加して立派なメニューとなっているのだから、特別なのだ。

「花茶サポニン」の得も云われぬ香りに刺激される

 

「花茶サポニン」にお湯を注ぐと、可憐な花弁が開いていき、コケティッシュな香りと共にえもいわれぬ快感に襲われていく。目で見る限り、花弁のひらひらはとても繊細に蠢いているのであり、その繊細な仕草はまさに、浮世の人生そのものではある。

地元の居酒屋で食べた寄せ鍋の後の饂飩にほっこり

行きつけの地元の居酒屋で寄せ鍋を食した。店名を冠して「一平鍋」というメニューである。

■一平
東京都八王子市東町11-5

店名を冠したものであるからして、如何にもの気合が乗っており、牡蠣、鮭、鱈、海老、蛸、等々の定番魚類に加えて、白菜、豆腐に茸類等々が盛り沢山にてんこ盛りされている。スープの味付けは白味噌仕立てであった。鍋料理の中では素朴でポピュラーな、優れて部類のメニューである。

ほかほかと温まった最後には「饂飩」を注文していた。出てきたのは太目の噛み応えのあるもの。具材のエキスを吸って濃縮されたスープは多少の塩辛さが気になっていたのだが、太目の饂飩がスープのエキスを吸っており、想像以上に濃厚な味わいがグッドなのではあった。

フレッシュだった嘉田由紀子滋賀県知事による「日本未来の党」結党宣言

27日の、嘉田由紀子滋賀県知事による「日本未来の党」結党宣言にはとても驚いていたのであった。此処に来ての、日本維新をたじろがせるほどの第三極の主導権をうかがえるパフォーマンスであり、そもそもこれまでは嘉田知事という政治家が、それほどの政治的実力を有していたとは考えていなかったからである。裏舞台で工作していた小沢一郎一派の動きがあったにせよ、今回の結党パフォーマンスは嘉田さんの存在を抜きにして語ることが出来ないものではある。小沢一郎政治屋一家による裏方家業については、マスコミ報道により流布されている以上の情報にはおいらも知りえていないのではあるが、然しながら、嘉田氏の地方主権を主張してきた政治的な営為については関西圏からはほど遠い、関東圏に住居を構えるおいらではあれども、尊敬の念と共に認識をしているのだ。

余談にはなるのだが、此処へ来て橋下維新の勢力分布には、様々な要因が因果となって、急激なストップの力が働いているようである。石原慎太郎を代表に迎え入れたことは、当初はプラス要因としてマスコミ報道がされていたが、実際にはさにはからん、様々な好戦的発言が問題視されて維新側が図ったような好転の兆しは無い。いまこそ反維新の主張やムーブメントを発信していかなくてはならないときが差し迫っている。嘉田知事たちによる反維新的第三極の動きには大いに期待を抱いているのだ。

ところでさらに余談を延長するのだが、橋下維新は石原慎太郎の加入によりその存在感を希薄化させているのである。そもそも我が国日本国の核武装を確乎たる信念とする石原慎太郎が、脱原発を受け入れることなどは無いのであり、それを知ってか知るまいか、たとえ一時の戦術的パフォーマンスであったにせよ、石原と組んだ橋下維新の政治的矛盾は今後は同維新の将来に対して首を絞めていくこととなっていくであろう。

寒い日々の身も心も温める「牡蠣のグラタン」

美味しそうな牡蠣を買って家に帰り、牡蠣グラタンを作ったのだ。そもそも海のミルクとも云われる牡蠣に、たっぷりミルクやチーズを用いて調理するものだから、ミルクの風味がたっぷり至極の料理なり。気持ちや身体が震えているかのごとくの昨今のおいらには、たっぷりと温まれるメニューなのではあった。

牡蠣とともに合わせたもう一つの重要な食材が「ほうれん草」である。鉄分が豊富で赤血球の維持には不可欠なものなのであり、これからの寒い冬に掛けては積極的に摂っていくべきなのである。牡蠣とミルクとほうれん草と云ったトラィァングルこそは寒い冬の日常の日々の、必須栄養素なのではある。こんな必須栄養素を美味しくとれる牡蠣グラタンにブラボーな思いなのではあった。

ぷくっと膨らんだ姿が見た目もそそる「山芋の磯辺揚げ」

山芋を海苔でくるんで揚げたというシンプルなメニューである。粘々の山芋が油にくぐらすとぷくっと膨れて見せている。滑稽でもあり、愛嬌もあり、見た目にも愉しませてくれる。家では揚げ物はなかなか作り難いから、外食メニューで時たま口にすることになる。見た目にもふっくら感のある美味しい磯辺揚げに接すると、見ただけで涎が垂れてくるのを感じるくらいだ。

揚げて食べれば、粘々感は消失するのだが、味は濃厚になり、山芋のふっくらとして大地の恵みさえも感じさせてくれるのだ。

裏切り者の野田佳彦に、民主党の看板を背負う資格など無いのだ

元首相の鳩山由紀夫さんが政界引退を表明した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121121-00001017-yom-pol

「TPP参加」等々の不条理な踏み絵を強制されたからの、それを拒否することからのもっともなる選択ではあった。鳩山由紀夫さんにはもっともっと、不条理極まりない民主党の党内に居て闘って欲しかったのだが、それも叶わなくなってしまったのは残念の限りである。

そもそもに、民主党の公約を裏切って、自民、公明との3党合意などと云うものを推し進めてきた野田佳彦には、民主党の代表者として候補者に踏み絵を迫る資格など無いのである。それを野田と云う馬鹿者が代表者の権限で強いるなどと云うのはとんでもない振る舞いであると云わざるを得ない。そもそも野田に公党としての民主党を代表する資格など無い、ぼんくら政治家であったのである。

今回の衆議院選挙において、民主党に投票するという選択は完全に無くなったと云って良い。野田佳彦が今後の政界で生き延びていくことなどを支持することは皆無であり、野田佳彦については悪化崩壊した民主党もろとも消え去って欲しいものである。

野田が民主党を裏切ったつけについては、政治家を廃業した後にもきっとずっと付きまとうものであり、裏切り者としての野田は自らの不届き極まる行為を恥じるべきではある。恥を知る資質も資格もない野田にこんなことを求めても無駄であることは承知しているのだが、野田の厚顔的悪行に対する怒りは収まらないのである。

そもそもは政敵から「嘘つき」呼ばわりされたが元で、馬鹿逆切れ解散など引き起こしてなお、自らの裏切り行為の反省もない、云わば屑政治家のなれの果てであると云って良い。

 

「八王子いちょう祭り」で見た落葉葉の瑞々しさ

昨日は八王子にて「八王子いちょう祭り」が開催されていた。八王子市内甲州街道沿いの追分から西八王子駅前を経て高尾駅前から多摩御陵へ向かう沿道の5km超を歩くという趣旨のイベントらしいのだが、おいらは自転車を使って行き交う人々の群れの中を走っていた。

八王子市民自慢の銀杏並木はと云えば、約90パーセント程度の黄化なのだがしっかりと黄色が深まり、普段例年見ていたイチョウの葉に比べて濃い色に注目していた。例年よりも遅い黄化だったようだが、しっかりと色づき見応えも充分なものであった。落葉して降り積もっていた葉は、寒い冬風の中でも、充分に瑞々しく光彩を放っているように見えたのだった。

戦後史上最低のぼんくら首相である野田佳彦が日本の政治を壊していく

自らを「どじょう」になぞらえて首相の座を射止めた野田佳彦という政治家は、実はただの無能のぼんくら。我が国戦後史上最低の首相であったといってよい。自民党政権か長く続いた戦後政治史上を眺めても、こんなぼんくら総理は他に、例示することができないくらいだ。

本日は、野田佳彦が国会解散の意向を決めたとニュースにて報道されている。馬鹿を通り越して、尋常な政治的判断さえ出来ない詐欺師と同様の男ではある。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121114-00000067-mai-pol

そもそも野田が首相に推挙された背景には、民主党のなかで最も保守的だという理由が最大のものであった。前任、前々任の首相がそれぞれに民主党の党是を実現できずに敗れ去った後に出てきた、ぽっと出の政治家ではあった。そもそもには野田佳彦に首相にさせるべきではなかったのである。

こんな男にはたとえ1年あまりという短期間であろうが、一時的にも首相という最高権力者の立場に位させた我が国の政治的貧困を憂えるばかりである。

野党から「近いうちに解散する」という言質を取られ、それが元での自爆的解散に出ようとしている。しかも其の自爆の理由が、「嘘つき呼ばわりされたくない」というものだというのであるから、政治の私物化も甚だしいのだ。しかも総選挙の争点にTPPを持ち出すなど、ぼくくらの果ての非道極まるものではある。

今後の政治状況については、ヒトラーや東條英樹的政治化が跋扈する怖れが高まっているのであり、こんな状況下において政権を投げ出す野田佳彦には、戦後史上最低のぼんくら首相の称号が相応しいのだ。

八王子の「農業祭」で、でっかい巨大な農産物に出合う

八王子の「富士森公園」にて「八王子農業祭」が開催された。

http://www.city.hachioji.tokyo.jp/sangyo/nogyo/010205.html

八王子の地元産の農作物が展示されており、それらの様々には「努力賞」「優秀賞」等々のラベルで評価がされていたのだ。

人参、さつま芋、こんにゃく芋、インゲン、ピーマン、ブロッコリー、柚子、梨、ひらたけ、なめこの茸類、等々、そのほとんどが巨大な存在感でしめられていたのたのであり、大きいことはやはり良いことだという評価を肯定的に捉えていたのだ。

もちろんのこと、無農薬や低農薬による農産物の生産は過酷ではあろうがとても有意義な結果を与えてくれるのであり、それらの農産物には拝んでも食べていきたい。

巨大なる農産物は、例えば巨大な南瓜が象徴するような、農産物の豊作をイメージさせているのであり、野菜植物の生命力を表している。こんな大きな野菜に接して、農業が現実的に地元で展開されている八王子農業関係者に対する大きな感謝の思いで一杯になっていた。

農業祭のイベント会場では、牛の乳搾り体験が行われていた。5歳前後の子供達が興味深げに乳搾りをしている光景が目に焼き付いて放れないのだった。

牡蠣が美味しい季節となっている、この時季は「牡蠣鍋」に限る

牡蠣が美味しい季節となっている。こんな時季は「牡蠣鍋」に限るのである。牡蠣が美味しい季節となっている。こんな時季は「牡蠣鍋」に限るのである。

牡蠣は冬季の主役になり得る食材である。社会一般的には「海のミルク」等とも呼ばれるが、コクや味の個性においてミルクの比ではなく優れている。

牡蠣のフライも悪くないが、厚い衣をがぶりと破って食らいつくのは、若い時のみの指向性であり、今のおいらには無いといえる。

だからこその「牡蠣鍋」を十二分に味わえる季節は、今を置いてないということが云えよう。

薄曇り色していた牡蠣のみが、熱湯をくぐっていたその先には、ぷっくりとして白鮮やかな牡蠣の身が、視線を和ませてくれたり、美味しさの手引をしてくれたりと、大活躍なのではある。

公の場で平気で嘘をつく「田中真紀子」に関する考察

先日からの田中真紀子文部科学省大臣による新規大学不認可未遂騒動が甚大な波紋を生じさせている。

本年度の新設申請していた3大学に対して軒並み「許可しない」という発言をぶち上げて一躍注目を集めていた。だが一週間もしないうちに昨日は一転「許可する」旨のコメントを発していたのであり、その二枚舌的平気で嘘を付くキャラクターが非難の的となっていた。

注目すべきは、彼女が前言を翻して公的に明らかな嘘を付いてからの態度、振る舞いなのだ。大学認可問題で「負けた」はずの田中大臣は、まるで意に介することもなく、自己肯定のコメントを出し続けているのだ。厚顔無恥の極みと云って良い。

ところで世に蔓延する厚顔無恥さについては田中真紀子のキャラクターなのだから、それなりに対応すればよいことであり、敢て論じるべき対象ではないのであり、考察的対象にはあたらない。然しながら現役の政治家でありしかも国務大臣の田中真紀子が発言してテーブルをひっくり返して、その後二枚舌的に取り繕って真逆のコメントを発していたのだから、特殊かつ典型的事例として分析考察すべきであろう対象なのだ。

「人間には敵か、家族か、使用人の3種類しかいない」という人間観、人生観が、彼女の偏執的発言なった。形作っているということだ。

「人間には、敵か、家族か、使用人の3種類しかいない」という認識は、成り上がり的田中家の一員として育った真紀子にとっては当然のごとく培われた思いなのであろう。それを官僚的組織の文部科学省のスタッフにけ当て嵌めてしてしまったことからくる反発を招くこととなった。リアルな家族・使用人的区分けをおおやはけの場にて行なったことの誤謬なのではあった。

未だ「iPhone」を売らないのは「iTunes」を使い続けるため

スマートフォンを「iPhone」から「Android」に変えて4ヶ月余りが経った。一度は引退させた「iPhone」が、おいらの生活の中で復活している。「iPhone」が持つ機能の中で捨てられないのが音楽機能であり、鞄に入れて電車内で音楽を聴くこともある。

そもそも「iPhone」の音楽機能はマックの「iTunes」ソフトが基本となっており、これまでCD等からインストールした少なからずの音楽データは、おいらにとっては今尚貴重な財産の一つだ。

先日は地元の量販店にて、「iPhone」「iPod」用の専用スピーカーを購入して聞いている。スピーカーに「iPhone」をドッキングすれば自動充電も行うという優れものである。「Iphone5」のドッグの仕様がこれまでと変更になったため、ここにきて結構な値崩れを起こしており、それならばと少し古い型落ちの一台を買い込んだという訳だ。

中古市場でも「iPhone」の人気は高く、軒並み1万円以上で売れるようだが、それでもこれまで持ち続けているのは「iTunes」を使い続けるためなのだ。「iTunes」がドコモのAndroid機種で使えるようになれば考えるが、今のところは「iPhone」が手放せない。

胃痛なう

朝から胃部に痛みを感じている。はじめは何かの食あたりを疑ったが、下痢等の症状が出ないので、たぶん急性胃腸炎か何かなのだろう。薬局で胃腸薬を購入して飲んだが効き目もほとんどなく、こんな日は安静にして早く就寝するしか手がなさそうである。

北海の海で育つという高級魚の「黒そいの煮付け」

北海の海で育つという高級魚の「黒そい」を煮付けにて食した。

頭部はごつごつとした骨だらけである。ぎょろっとした目の玉がこちらを見ているようであり、流石にギョッとしてくる。

カサゴ目のメバル属なんだそうであり、深海魚の仲間である。白身魚に比較すると、ギュッと締まった身が特徴であり、味もまた濃厚なのである。

北海道の室蘭市ではこの魚を「市魚」として珍重して、地元の追直漁港では養殖もされている。北海道道民の道民魚とも云えるだろう。

淡白ではあるけれどもたっぷりと脂が乗っている。これを煮付けにするのはもったいないとも思いつつ、充分に味わっていたのである。

サザエ貝は先ず、その星印と巻き印の形態の妙にて感動しつつ味わう

「サザエのつぼ焼き」を食した。いつもサザエを目にして思うのだが、サザエ貝や親類の巻貝と云うものの持つその形態の稀有な要素についてである。

先ずは巻貝の形態が持つ渦巻き的に盛り上がっていく形に感動する。渦巻きと生物が鼓動し伸長する様との容態は著しく関連があるのだろうと感じさせる。

そしてもう一つのサザエ的形態が有する要素が「星印」なのだ。手足を伸ばすようにその星の突端が伸びている。丸くてごつくてとても愛らしい。

サザエ貝と云えばその肝の苦さと磯の香りが逸品的な食材であるが、それに足して、星印と巻き印の形態の妙に感動することを、繰り返しているのだ。

たっぷりの牡蠣をバタースープで煮込んだ「牡蠣バター」

牡蠣が美味しい季節になった。「牡蠣フライ」「牡蠣鍋」はこの時季のポピュラーなメニューだ。

だが先日は、ちょいと違った逸品の牡蠣料理にありついたのであり、ここに報告しておきます。

先ず其のメニュー名が「牡蠣バター」と来た。牡蠣をバターで焼くのだろうと予想して注文してみた。そしたら予想に反して、小鍋に盛られた牡蠣スープ風情なる料理を目の前にしていたのだった。

スープの味付けは和風と中華を中和させたようであり、そこにガツンとしたバターの風味が効いている。料理名が示すとおりのバター味ではある。

牡蠣料理と云えば、フライや生牡蠣以外にも、グラタン等々のフランス料理の系統が主流である。日仏の牡蠣料理対決があったとしたなら、僅差で仏の料理のバリエーションが勝利するのかもしれない。それくらいに日仏の食文化を意識させる食材なのだ。

グラタンには大量のチーズが用いられるのであり、バターが大量に使用される「牡蠣バター」もまた、理にかなった逸品の料理には違いなかった。バターの風味が溶け込んだスープをすすっていると、これこそが我が国の郷土料理であるべきだとも感じていたくらいなのであった。

なかなか都内では食せない「生シラス」の逸品を食した

なかなか都内では食せない「生シラス」の逸品を食したのだった。

生シラスと云えば、神奈川県の江の島海岸やその他の限定された地域以外ではなかなか食することが出来ないものではある。だが近年の交通事情、冷凍技術の進展などから、都内でも時々食する機会に巡り合っているのだ。

今回、某居酒屋にて食した「生シラス」は、見るからに鮮度も抜群。決して冷凍ものではなかった。そして、見るからの透明度には魅了されていた。白く透明な、海の宝石のようでもある。

生のシラスは軟骨成分が豊富なのであり、おいらの母は、骨粗鬆症対策にて毎日のように口にしている食材である。主に乾燥ものが主ではあるが、そのカルシウムがかもし出す味わいは逸品の評価に値するのだ。

殊によったらば江の島や鎌倉への旅行は、今回の生シラスを味わってしまったことにより、先伸びされていくことになるのかもしれない。

映画、DVDの「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」は、身につまされることが大なるリアル的感動作品だった

映画、DVDの「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」は、身につまされることが大なるリアル的感動作品だった。

2010年10月に映画公開された作品をDVDにて視聴した。

{酔いがさめたら、うちに帰ろう。}公式サイト
http://www.yoisame.jp/ {酔いがさめたら、うちに帰ろう。}公式サイト

原作は戦場カメラマンの鴨志田穣氏。あまりキャラがみ合わないとも思ったが浅野忠信氏が良い味を出して演じている。もう一人のドラマ上で重要な立場を占めているのがお相手こと元妻の西原理恵子さんであり、こちらは永作博美さんが演じている。キュートさが多分元妻の上をいくが、これまた良い味付けが満載である。

鴨志田穣氏による原作本は相当以前に購入しており、所々は立ち読み風に読んでいたのではある。だが映画作品となった{酔いがさめたら、うちに帰ろう。}は、もっとずっとシリアスに主人公のアルチューを追い詰めていく。

これ以上話のストーリーに触れるとネタバレ的なことにもなるかと思うので控えるが、原作本以上にシリアスなアルチュー患者の現実が浮き彫りにされていくのである。

秋鮭の味覚にほっこり満足の「石狩鍋」なのだ

歳月の流れと共に寒さを感じるこの頃、やはりほっこり温まるのが鍋料理である。本日は秋鮭を主食材にした「石狩鍋」を食したのだった。

火に掛けた直後に鍋のふたを開け、刺身でも食べたいくらいに活きの良いピンク色した鮭を目にして、食欲はいや増していく。生の鮭を使うのが本来的に北海道の石狩地方で食されてきたレシピではある。しかしながら、昔からおいらの家では塩鮭の切り身を用いていたものだ。生鮭は流通量が少なくたとえ出くわしたと雖も、高価で手が出し難かったのである。久々に口にした本場石狩地方仕込みの鍋で、ほっこりと温まることが出来た。

白味噌仕立てのスープに、生鮭の切り身、ネギ、白菜、豆腐、ほうれん草、そしてじゃが芋がぐつぐつと煮込まれる。鮭の身はぐつぐつと煮込まれたことにより甘さと香りを増しているようだ。

ところで、具にじゃが芋というのはあまり見られない食材ではあった。ぐつぐつと煮込まれた他の食材を食い終わった後で、ほっくりのじゃが芋を口にしてみるとまたこれが美味だったのだ。

とにかくも北海道の鮭の味覚にほっこり満足の逸品なのだった。