小鯵の刺激が嬉しい「鯵の南蛮漬け」

ajinanban01

小鯵と呼ばれる子供の鯵を丁寧に下ごしらえし、油で揚げた後に、酢・醤油・砂糖・唐辛子、玉ねぎ、人参、等々の漬け汁に漬け込んで、「鯵の南蛮漬け」は調理される。それだけ手間と時間をかけており、刺激的な酢鯵の味はか格別な思いがする。

春爛漫の味いを醸すような「茗荷の梅酢」

myoga01
茗荷(みょうが)が美味しい季節がち近づいてきた。日本以外の他国にてはほとんど食されることの無いという食材である。春の息吹とともに芽を出し、香り豊かな茗荷の花弁を開いていく。

そんな茗荷に梅酢を漬け込んだという「茗荷の梅酢」にありついたのである。

よくある甘酢漬けとは違って、素材の野性味が絶えることなく伝わってくる味わいだ。例えばらっきょうの「甘酢漬け」と「塩漬け」との違いにも似ている。甘酢漬けのほうは口にはやさしいが、決して味わいが豊富な訳ではなく、却って単調な味覚を押し付けているのだが、塩ラッキョウのほうはといえば、単調な味わいを打ち破り、そもそもの素材のワイルドな味わいを活かしているのだ。

結局のところ、茗荷は生で食するのが美味しいのだが、梅酢という漬汁で漬け込んだ「茗荷の梅酢」もまた茗荷料理のレシピ的逸品のひとつとして記しておきたいと考えていたのである。「茗荷の梅酢」は悪くない。しかも逸品の味わいである。

久しぶりに食した「マグロの漬け丼」は美味だった

zukedon01

マグロ料理の定番メニューには「マグロの漬け丼」というものが存在するのであり、決して一時の人気、ブームに拘泥することなく、定番メニューとしての存在感を長年にわたって維持しているのである。

その「マグロの漬け丼」のレシピといえば、マグロの刺身を醤油漬けにして、酢飯を盛った丼にかけるという、とてもシンプルなものとなっている。シンプルなメニューの味わいを左右するのはもちろんのこと、その素材の善し悪しであり、新鮮なマグロの切り身を漬け込んだ「マグロの漬け丼」には、とても舌をうならせるものがある。

「マグロの漬け丼」に合うマグロの切り身は、大トロとか中トロとかいう部位である必要は無くて、赤身がしっくりするのであり、しかも、マグロの筋が見えていたりする切り身にも、「マグロの漬け丼」はしっくりとくるのである。先日口にした「マグロの漬け丼」とはまさに「マグロの漬け丼」としての代表的な姿かたちを保っており、充分に美味みをあじわうことができたのだった。

大豆がダブっている「納豆豆腐」を試食したところ…

nattoutofu01
某居酒屋にて「納豆豆腐」なるメニューを目にした。豆腐に納豆が乗っているのだな、ということは容易に予想が付くメニューであった。が然し、豆腐と納豆といえばどちらも「大豆」が原材料となる食材なのであり、ダブってしまっているのは明白である。漫画「孤独のグルメ」風につぶやくならば、「豆腐と納豆で、大豆がダブってしまった」という台詞となるのだろう。

本日は多少ためらいながらも、兎に角「試食的」に、当メニューを味わってみたのだった。そして、出てきた料理は想像したとおりのものたった。

味は決して悪くは無かった。大豆と大豆の競演でも、これだけ味のバリエーションが豊かなのだから、想像以上の出来栄えであると云うべきかもしれない。かといって自分でこの料理をつくりたいとも思わない。これはまさしくかなりの決定的な矛盾を孕んだ料理だということになる。

木材にパワフルな作品を描く、阿山隆之個展「阿山くんの世界Ⅱ」がギャラリー木馬で明日スタートします

木材にパワフルな作品を描く、阿山隆之個展「阿山くんの世界Ⅱ」がギャラリー木馬で明日スタートします。

大胆にカットされた天然の木材をキャンバスがわりにして、さまざまな生き物をモチーフにしてパワフルなタブロー(絵画)が描かれている。阿山隆之さんの大胆で力強い線で描かれた水牛の作品は、かつて八王子夢美術館で行われた「市民公募 夢美エンナーレ入選作品展」にて出展されていて、おいらはその作品世界に接し強く圧倒されていたのであった。

http://www.yumebi.com/acv38.html
http://www.yumebi.com/images/exb38_pic07L.jpg

ayama01

ayama02

ayama03

そんな、阿山さんの個展が、明日こと4月2日(火)から12日(金)まで「木馬工房 ギャラリー木馬」で開催される。阿山さんは、木馬工房に通所している自閉症の人で、絵もまたパワフルで面白い絵を書いている。先日は同工房の人から、阿山隆之さんの個展の案内があり、明日の個展オープンには少々早いがお邪魔してきたのでした。

以前目にした水牛の作品以外に、魚類をモチーフにして天然色の色彩で描かれた作品等々の多彩な作品群がそう広くないギャラリーに配置されていた。展示作業の途中であったというとても大切な時間ににお邪魔してしまったが、忙しい中でギャラリーの中にも案内してもらっていたのであり、大変に恐縮しつつ、明日からの個展にわくわくの思いを強くしていた。週末の休日にはまた訪れてみたいと思っている次第である。

ギャラリーを運営する木馬工房は、八王子市役所隣にある身障者の就労支援継続B型の事業所だという。同工房では、木工・印刷・ガラスなど障害がある方が通い仕事をしている。また、アート活動の一貫で、昨年建替に伴い、昨年11月にはギャラリーをオープンしたそうである。阿山さんの描き出す作品が同工房にて制作されていることも、同工房の関係者たちのサポートがあってのことなのだろう。ぜひとも足を運びたい、運んでもらいたい展示会である。

■阿山隆之個展「阿山くんの世界Ⅱ」
4月2日(火)~12日(金)
10時~17時(最終日16時まで)

■木馬工房 ギャラリー木馬
東京都八王子市元本郷町3-17-13
(八王子市役所すぐそば)
TEL 042-624-3340

花散らしの雨にはならなかった本日の桜事情についての考察

sakura09

本日もまた雨模様の日であり、桜が散るのではないか、花散らしの雨になるのではないかと、ニースサイト等では話題で盛り上がっていたようではある。おいらは上州群馬への帰省の1日ではあったのだが、鉄道列車の車窓から眺める光景に、とくに桜咲く関東平野の桜の開花事情については、とても注目していたのである。本庄駅近くの公園の桜はまさに満開の様相を呈していたのであり、そんな光景を車窓から見ることが出来たことは至極ラッキーであった。

雨模様も小雨になり、花散らしの雨にはならなかった本日の桜事情ではあった。願わくば明日くらいには、圧巻の花吹雪を見たいと思うのではある。

新玉ねぎを丸ごと焼いたこの時季ならではの「玉ねぎ丸ごと焼き」

tamanegi01

春先のこの時季に収穫される玉ねぎは、通常のものと比べて皮が柔らかく黄色っぽくしかも大降りであり、何時からか「新玉ねぎ」と呼ばれるようになっていた。水分が豊富で柔らかく甘みが強いのが特徴とされている。生でスライスすれば柔らかな甘味が香る玉ねぎサラダとしての逸品となる。この季節だからこそ味わえる食材である。

この新玉ねぎを丸ごと一つを丸焼きにして出された「玉ねぎ丸ごと焼き」という珍しいメニューに遭遇した。そして出されてきた料理は予想した通りの、そのままずばりの代物だった。玉ねぎを皮ごと丸焼きにして、焦げた皮を除いたものを四等分し、鰹節をまぶしていた。

少々の醤油を垂らして口にすれば、水分をたっぷり含んで甘味も増した玉ねぎの香りとともに、春の香りとでも呼ぶべき香りが口腔内に充溢したのだった。この時季ならではの「玉ねぎ丸ごと焼き」なのであった。

久々の「担々刀削麺」で汗だくだくの美味しさだった

tousakumen01

tousakumen02

暑い日であった。猛暑と云うにはまだ遠いが、街を歩くだけで汗が滲み出てきた。昼時になり街を歩いていると「担々刀削麺」の看板が目に飛び込んでいて、それにつられるように担々刀削麺の辛いスープをすすっていたのである。食欲が減退する1日だったが、胃腸の疲労に抗うかのようにその麺類に引き込まれていたのであった。特に「パクチー」と云うタイ料理に用いられる香菜の独特な一涼の爽やかな刺激が胃袋に流れ込むとき、日常の活力が取り戻されたようであった。

中華の麺料理には様々なバリエーションがあり、「刀削麺」もその一つである。小麦粉をよくこねた生地に、曲がった刀を用いて麺を作っていく。「刀削麺」を提供する中華料理店ではよくその麺作りの現場をパフォーマンス的に公開している。大きな鍋に向かって、削った麺をほうる様に投げ込んでいく独特の仕様により作られていく。今回食した店でも同様のパフォーマンスに接していたのだ。

山西省が発祥だとされるこの刀削麺の味付けは、マーラー味、坦々味、そして激辛味といったように、辛味のスープで提供されている。大味の麺には辛味の強いスープの味付けが似合うということなのだろう。

■刀削麺荘 唐家 秋葉原店
東京都千代田区外神田3-8-17 渡辺ビル

「バカガイ」こと別名「アオヤギ(青柳)」の刺身を食した

bakagai01

久しぶりに「バカガイ」別名「アオヤギ(青柳)」の刺身を食したのだが、これがツルリとした食感で愉しませてくれたのだった。たしか我が国でも平安時代の頃から食用に供されていたというものであり、江戸時代に入ればポピュラーな寿司ねたとして流通されていたとされる。名前以上に珍重されるべきねたであることは間違いない。
中身は綺麗なオレンジ色の色味で魅了させてくれる、別名「バカ貝」との異名をとるのが「青柳(あおやぎ)」である。食感もまたつるっとして独特の風味を感じさせてくれる。決して侮れないこと請負である。二枚貝の外見はと云えば、蛤にも似ており、其の昔は江戸前寿司ネタの主要アイテムであったと云うことだが、最近はそんな姿を隠してひっそりとしており、マニアックな食通の舌を唸らせているかのごとくである。其の身の視覚的印象は、べろっとだらしないように舌を出したかの如くでもあり、そんな風体から「バカ貝」との嬉しからざる命名をされたと云う説がある。或は「馬鹿に捕れる」と云った、とても捕れて嬉しいのだと云う、本来は賛嘆すべき形容がその謂れであると云った説も根強く流布しているのだ。どちらの説が正統であるか? といった試みには、残念ながら手立てを失っているのであるが、それにしても、「青柳(別名「バカ貝」)」のしっとりとした食感にはいつに無く舌鼓であったのである。

ブリの煮付けを、行く冬を惜しみつつ味わった

burini01

出世魚の代表格であるブリは、年を重ねるごとに脂身を増していくのであり、人間にとっては美味い条件を増していく。冬はブリが美味しい季節なのであり、春の訪れとともにブリへの愛着も断ち切れないのである。そんな冬のブリのうまみを凝縮させた簡単料理が、ブリの煮付けだ。ブリのカシラを素材にして、日本食のベースである醤油と砂糖と味醂といった甘辛の調味料でじっくりと煮込まれてつくられる。脂が乗ったブリの旨味を味わえる料理だった。

寿司ねたにはいまいちだが、酒の肴としてはいける「アボカド」

abokado02

abokado03

アボカドを酒の肴、つまみとして、所謂つまみ食いをしたのだった。何時ごろからだったのだろうか? 寿司屋のねたケースに乗っていたのを見つけて、試しにとその「アボカド寿司」を食べてみたのだが、その当時には全然ピンと来なくて、それ以来おいらは、アボガド寿司は邪道であるとの一念を通してきたのではある。然しながら先日、わさび醤油につけて食した「アボカド」は、其れまでの思い込みを払拭させるべきほどのインパクトでおいらの味覚を刺激していたのであった。これは酒の肴に打ってつけであると確信すべきものではあった。

メキシコと中央アメリカが原産とされている。然しながら近頃では国産のアボカドも生産されているのであり、秋期に収穫された国産のアボカドが充分な熟成を経て出荷されている。おいらの狙いは実は、そうした国産のアボカドなのである。

狂い咲きした今年の上野の桜たち(夜桜編)

今年の桜は例年よりも1週間以上も早い開花であるということから、一般ニュースにもこぞって取り上げられている東京の桜たち。いち早く咲き誇っているという姿を見たくて上野の不忍池界隈へと歩を進めていたのである。

到着した時間は既に日没を過ぎており、宴会が禁止される午後8時にも近いという時間帯であった。何度か訪れたことのある上野不忍池周辺には、おびただしいくらいの観光目的な人間があふれていたのであり、その一部人間たちは青いシートやらを目印に陣取っての酒盛りに興じていた。世に云うところの「花見」の光景ではある。散策する一般観光客たちとはある種のバリアで隔てられているのだが、それにしてもこのような光景はこの時季ならではのものである。今日を過ぎては出遭うことの叶わぬ光景なのかとも感じ取っていたのである。

夜桜のビューポイントには、スポットライトが当てられて、夜なのにまるで生温かな空気が行き来しているかの錯覚にとらわれていたかのようでもある。仄かなピンク色した桜の花弁の集団的息遣いに、息をひそめて観測していたのであった。

sakura01

sakura04

sakura05

sakura06

sakura07

sakura08

sakura02

sakura03

枝豆をよく見れば立派で麗しい姿形をしている

edamame01

大豆を成熟する前の幼い枝をつみとって、茹でて出される料理が「枝豆」というメニューだ。枝つきの豆房を「枝豆」として称したことが命名の根拠ということである。此れが和食店や居酒屋にては、しばしばつけだしとして提供されることが多い。

ついつい何の気なしに口に運んでしまうのだが、よく見ればとても立派で麗しい姿形をしている。強固な豆を内にふくんでプクリとした房に、枝から刈り取った野性味あふれるえだが支えている。こんな絵になるべき食物はそう多く存在するわけではない。

これから春から夏にかけての季節は、枝豆がとても美味しくなる、云わば旬を迎えるのであり、枝豆の有難味を認識しながらあじわっていこうと思った次第なのである。

「八王子ロマン地下」の「沖縄食堂めんそーれ」の「ゴーヤチャンプル」

goya01

「八王子ロマン地下」は昼は昼食を提供し、夜には個性的な酒場が出現するスポットであり、時々足を運ぶ好みのエリアである。ここの店舗は時々入れ替わっている。つまりは繁盛店はそのまま生き残りつつ繁盛しない店は潰えていくという、ある種の世の世相を反映するかの現象を見る思いではある。近頃足を運んだときには、「沖縄食堂めんそーれ」という沖縄料理店に目がとまり、同店の「ゴーヤチャンプル」を食したのであった。

同店ホームページのメニューの欄にはこうあった。

―――――
ごーやちゃんぷる
沖縄と言えばこれは絶対外せない!ごーや、沖縄豆腐、ポーク、そしてタマゴが入った沖縄野菜炒めです。
―――――

PR文にも気合が入っていたのである。さらにはとても苦味と旨味が一体化した同店の代表メニューの「ゴーヤチャンプル」に舌鼓を打っていたのであった。沖縄の味であり、しかも苦瓜(ゴーヤ)の苦い旨味が満点である。

■八王子ロマン地下
http://hacchika.jp/

■沖縄食堂 めんそーれ
http://hacchika.jp/shop/shop16.html

春の息吹を感じるたびに小金井「大黒屋」の「ふきとう味噌」が味わいたくなる

fukimiso01

春の息吹を感じるたびに味わいたくなるのが、小金井「大黒屋」の「ふきとう味噌」である。ふきのとうの芽を細かく刻んで、味噌と味醂などで合えて、竹べらにつけて、炭火でじっくりと焼いて出される。手が込んでいるがとても素朴なふきのとうの香りが漂ってくる。
此れを味わうために毎年此の時期になると、武蔵小金井駅に途中下車して、大黒屋へと足を運ぶのである。

デジカメを取り出して撮影していたおいらに対して、同店の女将は「黒すぎて何も写らないでしょう」と声をかけていた。「いえ、明るく撮っているから大丈夫ですよ。香りが匂って来るような写真が撮れそうですよ…」などと答えていたおいらであった。すると女将はある一定の間を置いて、「黒くて見えなかったら、店に食べに来てくださいね…」と、珍しく個人的な感想を口にしていたのだった。いつの間にかおいらが当ブログにて「大黒屋」のことを記していたのを知ってしまっていたらしい。おいらも少々照れくさかったことは間違いない。

■大黒屋
東京都小金井市本町5-17-20-101 1F

風雪に耐えて芽吹いた我が庭のチューリップ&アネモネ

kyukon01

昨年末は地元への行き来で追われていたのであり、年末の球根の植え付けも出来ないままであったのであるが、久しぶりに我が家の庭を覗いてみたところ、チューリップ&アネモネの球根類がいつのまにやら芽を咲かせていた。

これらは昨年までの春咲き球根類がそのまま風雪に耐えて生き残り、春の息吹に刺激されて芽生えたものと思われる。人間の手の及ばないところでも自然の芽生えが継続されていることに、とても嬉しい思いがあった。

これから先も立派に育って美しい花を咲かせてほしいとせつに願うのである。

思いの他に苦い「佐原屋」の「ニガ玉」はかなりのおすすめメニュー

nigatama01

御徒町駅ガード下界隈の居酒屋「佐原屋」には、他店には無い数々の逸品メニューが存在する。当ブログにてもこれまでいくつか紹介してきているが、おそらくこれが初めての紹介コメそのントとなるだろうものが「ニガ玉」である。「ニラ玉」ならぬ「ニガ玉」なのであり、苦い卵料理だ。一言で述べれば其れは卵料理の一種である。ニガウリことゴーヤを用いた苦い卵料理と云えば良いだろうか、苦味走った味が口腔内を直撃する。そのニガウリの量が半端でないので、口にする瞬間において「苦い‥!」という感嘆の呟きを発することが必至となる。

味覚の領域において、味のカテゴリーは6種とも7種類とも云われるが、こと「苦味」をシンプルに味わうにはニガウリことゴーヤをおいて他の食材は見つからないのである。苦味はこと人生においては避けたいジャンルのひとつではあるが、料理の領域においては決して避けるべきものにあらずなりである。

満開の河津桜の下に土筆を見つけた

kawazu01

kawazu02

kawazu03

kawazu04

漸く春の気配が漂う中で、逸早く桜が見たくなった。伊豆に行けばきっと満開のらに桜に出会えると思って、電車に乗って河津に向かった。今年は極寒の冬が続いたことから河津桜の開花も2週間程度遅れていたということであり、ちょうど今が満開の真っ盛りとなっていた。当初に予定されていた「河津桜祭り」は昨日10日に終了したが、引き続き「かわづ春うららまつり」として、3月11日(月)~3月17日(日)の間、開催されている。まつり会場となった河津川沿いには多くの露店が並んで旅人を迎えてくれた。「さくらうどん」「桜餅」などの桜にまつわるメニューにはことのほかに目を奪われてしまい、実際にそれらのご当地メニューに舌鼓を打っていた。

tsukushi02

tsukushi01

tsukushi03

桜並木が連なるイベント会場には、併走するように人の踏み入れない場所が確保されており、黄色の菜の花の派手な色彩に隠れるようにして、土筆の芽が何本も何本も地下から土壌に芽生えている姿に遭遇していた。子供のころに見た覚えがあるが大人になってからといえばずっと見たくてもはっけんできない、見つけられない姿かたちなのであり、とても大きな感動とともに立ち尽くしていたのであった。

phaの「ニートの歩き方」は、読む価値ある面白さだった

[エラー: isbn:9784774152240:l というアイテムは見つかりませんでした]

結構意外性もあり面白かったという感想に満ちていた本である。作者のpha氏については、おいらも詳細を知らないが、過去に京都大学を卒業して著名企業に就職して後にニートになったという人物であるらしい。その後においてpha氏はニートという自らのスタンスを基準にして様々な提言をしているようである。この「ニートの歩き方」という著書
はまさしく、ニートになるかもしれないし、なりたいなという願望を抱いている人達に対しての、指南書的な書物ではあるが、しかしながら、ニート以後の生活スタイルにまて論を展開しているのであり、決してハウツー本の類とは異なるのであり、一線を隔てているある種の正統的書籍の佇まいである。

「Facebook」の成り立ちをドキュメント的に描いた映画「ソーシャルネットワーク」にはがっかり

DVDにて映画「ソーシャルネットワーク」を視聴した。ご存知のように「Facebook」の代表者ことマーク・ザッカーバーグが「Facebook」事業を成功させるまでの成り行きをネタにして興行的にもヒットした映像作品である。だが遅ればせながらに視聴してみれば、「Facebook」の成り立ちをドキュメント的に描いた映画「ソーシャルネットワーク」にはがっかりという思いを強くしていたのだ。

主人公のマーク・ザッカーバーグを一言で述べるならば、彼はひじょうなスキャンダラスな経営者である。彼はまず、ハーバード大学生の当時に付き合っていた美貌の彼女から振られた腹いせに、女子大生を格付けするサイト「Facemash.com(フェイスマシュ.com)」を立ち上げて注目を浴びるが、そのプライバシー侵害的お宅サイト作成が元で、大学からはおとがめを食らうことになる。そして次なるスキャンダルである「facebook」の作成へと向かうのだが、その彼の人生の多くが訴訟にまみれており、映画のストーリーの2本の柱の1本が、「facebook」をめぐるスキャンダラスな法廷映像で占められていたのであり、少なからずに辟易する気分にじゅうまんされていたのた。

法廷でのやり取りの様子を見る限り、サッカーバーグは何も確固たる信念をもたないひ弱なお宅である。こんなお宅が、ビジネス界で成功するのだから恐ろしいといえばそれまでなのだ。ふられた相手である元彼女に対しておこなった行為は極めて卑劣であり、我が国のストーカー規制法に抵触するであろう以上に、偏執的な臭いを振りまいていた。ただプログラミング的能力に長けていたというだけで、今日のITビジネス界を牛耳ることのできるサッカーバーグやフェイスブックには、極めて強い失望の念を抱いたのである。