秋刀魚の開きには日本酒の熱燗がよく似合う

富士山には月見草が、カレーにはらっきょうが、そして、秋刀魚の開きものには日本酒の熱燗がよく似合うのである。

本日、地元の小さな居酒屋に立ち寄り、いつもの串焼きを食していたのだが、隣の客が秋刀魚の開きなどを注文して焼いている姿などを目の当たりにして、おいらも思わず同じものを注文していた。

そうして冷凍秋刀魚の開きの焼き物にありついたのであった。秋に収穫される秋刀魚がこの季節に出ているというのは、ほぼ全てが冷凍の開きものであることは明らかであった。だがおいらは無性にそれを食べたくなってしまったという訳なのであった。

こんがりと焼けた冷凍秋刀魚の開きが目の前に出てきたときに、甚大なる食欲とともにふと欲しくなったのが日本酒の熱燗であった。魚の開きに日本酒という、これくらいに相性の良い取り合わせはほとんどないのではないかと思えるくらいに秀逸な関係性を保っている。

魚の開きがあってこその日本酒であり、日本酒の特に熱燗があってこその魚の開きなのである。この強固な関係性は、他のいかなる食文化にも対抗できるほどの強烈無比なものなのである。そう確信しつつ、本日の筆ならぬキーボードを置くことにする。

和風ハンバーグのような「巨大つくね」に感激

行き付けの中華食堂の、日本人の経営による料理店に行ってみたところ、やはり中国人はとっとと帰国の便についていたようなのである。余程、地震や放射能に弱いのであろう。

日本政府をはじめとしての公式情報ではない色々の情報が行き交っていることなのであろうと想像される。こんな時こそ、日本人の日本人による正しい情報の遣り取りが求められている。

本日訪れた行き付けの店では、大震災以来中国人従業員の多くが帰国してしまっていて大変なのだと語っていた。

そこで食した新メニューが「大つくね」だった。まるで欧州料理における「ハンバーグ」のような風貌である。だが少し違っていた。姿形の違いだけではない。その違いは、西欧料理の主役でもある肉料理を日本的に味付け調理したというこん跡が認められていたということからのものである。

材料は酷似しているが、食材に対しての調理法はかなりの事柄を異にしていた。確かにどちらも美味いのではあるが、日本の食材とその調理法にてその旨味をアピールする方法がとても新しいことなのであった。和食の概念を一新したと云ってもよい。

中華の「ジャージャー麺」は盛岡のとはちょいと違う

東北の盛岡で食して以来、おいらは「じゃじゃ麺」の熱烈なるファンである。本日はそれと似て非なる「ジャージャー麺」を食したのであり、また新たな出逢いに遭遇したのであった。

大震災の後には一時休業していた中華料理店が開いていたので、訪れてみたのだった。そこで食した「ジャージャー麺」は、確かに美味しかったのだが、盛岡の「じゃじゃ麺」に比べると、ちょいと物足りない食べ物だと感じ取っていた。

「じゃじゃ麺」の麺が太いうどん様のものであるのに比べて「ジャージャー麺」は一般の中華麺である。その食べ応えの無さが先ず挙げられる。そして、海鮮食材が豊富な具沢山の餡の味覚は、盛岡仕様のものに比べると、いささか物足りないものであった。冷凍の海鮮食材が盛られていたその麺類は、お腹を膨らますものとしては充分であるが、味覚を満足させるものではなかった。

元来は「じゃじゃ麺」の元祖が中華の「ジャージャー麺」であり、オリジナルな評価で云えば「ジャージャー麺」に分があることは明らかである。だがしかしながら、食の愉しみを満足させてくれるメニューとしては、「じゃじゃ麺」のほうが上手である。日本の地域に根付いたこれらのメニューに、天晴なのである。

地元居酒屋の「ままかり」で一献傾けたのです

先の週末から今日までにかけて障害となる「計画停電」はほとんど実施されず、関東圏居住者は平常な生活を取り戻した様にも思われる。東北地方で被災した人たちには申し訳ないが、これが復旧、復興の第一歩となることを願うばかりである。

大震災の直後からは店仕舞い、国外逃亡をしたかに思われていた、中国人の経営による中華料理店にも明りが灯り始めている。「節電営業中」等々の貼り紙を貼って通常営業の一歩を始めたというところだろう。

放射能が恐くなって帰国した中国人も多いと聞くが、とりあえずは原発関連ニュースで収束の方向だととの情報を得て、国外逃亡を回避したのかもしれない。

さてこんな今宵は、地元の居酒屋で久々に一献を傾けていた。そして美味しい「ままかり」のつまみなど食していたので報告しておきたい。

「ままかり」というのは小さな青魚を酢漬けにしたものである。ニシン科の魚で「サッパ」と呼ばれる魚が原料とされている。「まま(ごはん)にあやかりたい」ということから命名されたというのが一般的な説だが、定かだとは云えないようだ。

しかしながらに確かにご飯が食べたくなったのである。ご飯を注文、オーダーすることは、通常の居酒屋ではご法度の様でもあり、今回は控えていたのである。

がしかしながら機会があれば自宅ででも何処でもだが、「ままかりご飯」を味わいたい、食したい。そんな思いを強くしたのでありました。

八王子「福の湯」のコーヒー風呂で温まってきました

帰宅途中に銭湯「福の湯」の看板を見つけて、ひと風呂浴びて帰ってきたのでした。その「福の湯」では大浴場の隣に「コーヒー風呂」というコーヒー色した浴槽があり、試しに入ってみたところ、いたく感動したわけなのです。

小さな浴槽で漢方湯をはじめとした様々な湯船に入ってきたが、コーヒー湯というのは初めてだった。湯船の前にある説明書きには、

「カフェインとテアニンが皮膚を引き締め、美肌がどうの…」

云々といった効用書きがあった。しかも

「コーヒーの芳醇な香りが気分をリフレッシュして…」

云々とまであっては、入って温まらない手はなかったのである。

コーヒーが果たして美肌に効果があるとは思えないが、何よりも香りを愉しめた。インスタントコーヒーを浴槽にばら撒いたのではなくて、確かにコーヒー豆の入った麻袋が浴槽の片隅に添え付けられていたのである。それを手にしたときのおいらには、淡いコーヒーの香りが漂っていた。

現在、自宅の風呂釜の調子が悪く、外で風呂を浴びる生活が続いている。健康ランド等の入浴施設を利用することが多いが、本日改めて、銭湯の良さを実感したのだ。

本日これから、「銭湯散歩」というテーマを、当ブログに加えていきたいと考えたのでありました。

久々に食したバチマグロの握りは美味かった

行きつけの寿司店で、勧めのメニューにあった「バチマグロ」の握りを食した。美味であった。

本マグロや黒マグロほど高価ではないが、マグロの特徴的な味わいを充分に愉しむことが出来る。握り寿司はマグロからというのが代表的な日本人の味覚のようだ。常々「マグロよりカツオが上等」という主張を行なっているおいらなのだが、流石にこの味わいのポピュラリティーは認めざるを得ないものがある。

バチ、メバチ、メバチマグロ、等々、地方によって呼び名はまちまちであるが、おもに日本近海の漁場で収穫されている。体型はずんぐりとしていて2m程度が標準である。

前記とだぶるが決して大型の高級マグロではない。けれども江戸前の食材としては、たぶんこちらのほうがメイン食材であったと想像されるのである。

公園の早桜が三分咲き

八王子市内の公園では桜が咲き始めていた。三分咲きといったところだろうか。来週あたりは早桜の本番が訪れると思われる。

春はすでに到来しているのだが、それに触れようとする人は極めて稀なようだ。これが日本人の習性なのだろう。おいらだって、桜が咲いたなどと大はしゃぎしたいわけではないのだ。

一見して自粛ムードが満開の昨今であるが、テレビの一部番組は軽薄なお笑い番組の垂れ流しを始めている。

タモリやその他笑いの巨匠が一時的にテレビから遠のいていたのは幸いであったと感じさせてしまう。彼らは今この時点で他にやることがないのだろうか? 極めて異常なテレビ関係者たちの姿であると受け取っている。

「春の雪」襲来の夜に「タラチリ」を食したのです

まるで「春の雪」の襲来したごとき寒波が襲った夜に、「タラチリ」をつくって食した。豆腐、タラ、白菜、葱、昆布、の急ごしらえの、スローフードの鍋だった。

暦は季節を先取りする。季節は春分の日も通り越して、すでにれっきとした春なのである。春なのに雪が降るとはけしからんなどと云いたい訳ではないのだ。春の季節に雪があるという光景はある種の怖れ、自然への畏怖を感じさせるものである。そもそも自然は人間どもによって管理、コントロールされるものではけっしてないし、人間にとってそのような権利もある訳が無いのである。このような奢りは全ての人間には認められるものではない。

奢るものこそ久しからずなのである。日本国民みずからが奢ることなく、自然の摂理と向き合っていくことは人間としての基本的な掟である。とても陰鬱な夜ではある。少なからずの放射能に汚染された、核の脅威を含んだ春の雪が降ってきたのだから尚更なのでもあった。

さて、寒い夜には「鍋」に限るが、急ごしらえの鍋として食したのは「タラチリ」であった。豆腐、タラ、白菜、葱、昆布、等の食材を集めて鍋にしたシンプルな鍋だが、しかしながらこの取り合わせには絶妙なハーモニーを感じさせるに充分なのだ。おいらも大好物であり、シンプルでありながら食の文化を感じ取ったメニューであった。

余談になるが、おいらが幼少期、青少年期の頃に、「湯豆腐」といえば「タラチリ」のことを指していた。だが上京した頃をさかいにして、日本全国の常識に照らし合わせればそうではないらしいことを認識していた。とくに上方、京都出身の友人などは、

「タラの入った鍋は湯豆腐ではない」
「湯豆腐は豆腐を味わう伝統的な食物だ」

等々の薀蓄を聞かされたものだった。まるで「湯豆腐」は「タラチリ」より上等なメニューであるかの主張であり、おいらはこれを認めることは出来なかった。今宵は纏めることも出来ないのだであるが、その反論もいずれ述べていきたいものである。

日本のソウルフード「カレー」を見直した

ここ数日間の我が家では「カレー」を使ったメニューが増えている。コンビニ等に於ける「買い占め」ならぬ「買い控え」がその主な原因だ。

おにぎり、カップ麺、即席麺等のファストフードは確かに姿を消しているが、季節の野菜やカレーのルウ等の、古くから顔馴染みの食材は陳列棚にとても控えめに並んでいた。

そんな控えめな食材を購入して、ここ数日間を過ごしている。そして改めて感じたのだが、カレーの料理こそは我が国のソウルフードではなかったのかということだ。

買い占めなどという人聞きの悪い行為に訴えることなく、通常の生活を送っていくことは充分に可能だ。そのキーワードとなるのが「スローフード」なのだ。多少の、否々、基本的な調理の手間を怠らないことで、人間にとっての基本的必要需要を満たす食事を用意することができる。こんな時こそ時間と仲良く付き合って行きたいと思う。ファストフードではなくスローフードの見直しなのだ。

殊に時間の有効活用出来たのが「カレー」であった。近くのセブンイレブンに置かれていたのは「ハウスバーモントカレー」と「コクと旨みの味わいカレー」だった。子供向けではないほうのルウを購入した。セブンイレブンのオリジナル・ブランドだ。1箱で10皿分というくらいにコストパフォーマンスも高いのだ。これを利用しない手はなかったのである。

カレーのメニューは豊富にある。定番の「カレーライス」「野菜カレー」は当たり前として、「カレーのモツ煮込み」「カレーうどん」「カレーそば」「カツカレー」「コロッケカレー」「カレースパゲティー」等々と数え上げたらきりがない。

しかも幼い頃から親しんできた味覚であるから、決して飽きることがない。日本の代表的なソウルフードとして認定しておきたい。

2回目の「計画停電」に遭遇して思う

本日は市街地にて「計画停電」に遭遇した。昨日に「計画停電」が実行されたおいらの住まいの場所とは別のところだ。

途中の街道の交差点では巡査さんたちが笛とランプと、そして大声を張り上げて交通整理をしていた光景が目蓋に残っている。特別な大災難によるものとはいえ、何時までこんな状況が続いていくのかという不安が消える気配がない。

大地震の後遺症として最も懸念されているのが、福島県の原発事故に関するものである。メルトダウンが起こっているのではないか? あるいはチェルノブイリの事故と同様の事態に陥っているのかと、報道各社はその実態を実に細かく発信している。

細かな発信は有意義ではあるが、一面で無用な混乱を惹起するということを考慮しているのか? という疑問さえ生じている。問題の本質を見逃してはならないのだ。

果たして福島原発にて、炉心溶融が起こっているのか否か? 素人のおいらが口を挟むことではないが、この事実があるのか無いのか、はっきりとした政府機関の発表を希望している。

その判断によって今後の展開が明らかになっていくだろうとおもわれるのだ。

思いがけなく我家に訪れた、キャンドルナイト

本日、我が家やその周辺には「計画停電」が訪れた。夕刻が深まって、予定時刻を30分ほど過ぎた頃、「ガチャ」という電気が落ちる乾いた小さな音とともに、それは思い掛けなくやってきた。予想はしていたとは云え異様な出来事だった。だが大地震で被災した人たちの苦しみ、悲しみに比べれば微々たるものであり、耐えて行く以外にないのである。

普段は煌々としたネオンを振り撒くコンビニエンスストアの入口が、ネオンの消失とともにまるで寂れた廃墟のように映っていた。店内にはいつもある品々が並んでいたのだが、消費者に取り入ろうとするような媚びた匂いは消え失せていた。

帰宅途上の町並みはまるで表情を控えた無言の役者たちのように静かにしていた。我家の玄関を開け、2階への階段を登るときには、只々黒い視界の先の物事に手探りで辿るようだった。まるで小学生の頃に初めての暗闇を体験した時のように、怖れと不安を感じ取っていたのだろう。

TV、パソコン等の電気機器が使用できないのはもちろん、書物を開くことさえ不可能となる夜の時間を、只々、キャンドルを前にして過ごすことしか術はなかった。おいらの家の2階の祭壇には十数個のキャンドルが置いてあり、その中の数個にマッチで火をつけて時間を過ごした。

ただ一言で述べるならば静謐な夜だった。とは云えこの時間はこれまでに過ごしてきたどの時間と比較しても明らかに異質でいておいらの興味を引いたのであった。それはまるで、高貴な思索に接する貴重な時間だとして受け取ることとなっていた。目の前に繰り広げられる炎の息遣いが、とても軽やかで優雅であり、満更ではなかったと感じ入っていたのだった。

約2時間の時を経て電気は開通していた。感傷を味わおうとしていたおいらの願いとは裏腹に、また通常の夜に戻っていたのだった。TVは付けたくなくなった。しばらくはTV無しの生活を味わっていきたいと思ったのです。

こんな苦難の時こそスローフードの「肉じゃが」だ

地元のスーパーには、大地震の影響で午後5時30分にて閉店の貼り紙があった。慌てて食料を求めて買出しに向かったのは小さな八百屋店だった。そこで目に止まった「新じゃがいも」を購入して帰って、「肉じゃが」を作ったのでした。

「新じゃがいも」とは文字通り、新しく採れたばかりのじゃがいものこと。丁度この時期になると「新じゃがいも」或いは「新じゃが」等と名札を付けて店頭に並べられる。

皮は薄くてちょっと触ったら剥げてしまいそうだが、中身のほうは十代の青年のようにピチピチとしていて瑞々しい。食してみてこそ判るのだが、実にしっかりと身が締まっているのである。

東京電力の「計画停電」は合理的に機能しているのか?

我が家への帰り道に眺めてきた地元の風景は、節電の影響が大きいのだがそればかりではなく、ほの暗い景色に彩られていた。

ほの暗い景色というのをもう少し説明すれば、わずかな照明があるのだが周囲の人間空間を照らし得ていないことの風景とでも云おうか。電気というものと人間生活との関わりが、意外や浅薄なものではないかと感じ取っていたのである。

東京電力が「計画停電」を発表したのは昨日のことだった。「計画停電」の意味や必要性自体は理解できる。だが、この運用については極めて大きな「?(はてな・クエスチョン)」が存在していると云わざるを得ない。

最初に指摘しておきたいのは、これが東京電力はじめとする電力会社が、自らの存在理由を誇示するためのイベントではないのかという疑問、疑惑である。

福島県の第1、第2の原発においては東京電力のTVCM等にてその必要性がPRされ続けていたという経緯があり、それとともに、その必要性を改めてアピールする行為が今回の「計画停電」ではなかったのかという疑問・疑惑である。

誰かがTVでコメントしていたが、東京電力の不足分をまかなうには、全国の電力会社が協力しあえばいかにも可能であるということなのだ。それを敢えて「計画停電」のイベントに持ち込んで処理しようとしている。その根拠は極めて恣意的であると、ここに指摘しておきたいのである。

本日は「八王子画廊散歩」イベントの画廊当番

本日は「八王子画廊散歩」イベントの画廊当番であったため、午後の多くの時間を「ギャラリー芙蓉」で過ごしていた。

いろいろあったが、大地震にて東北地方の中心都市にも甚大なその影響が押し寄せているということである。宮古、気仙沼、久慈、等々の馴染みが深い街が自然の毒牙にかかったという、それは紛れも無い現実なのだ。

画廊の当番の時間に読んでいた本だとかについてのコメントは、次に持ち越すことにします。

東北地方太平洋沖地震発生。これはまるで1000年に1度の地震・津波なのか?

本日の大地震には肝を潰された。はじめは地響きのような下からの振動に、何か後ろの人間が悪戯をしているのか、あるいは過度な貧乏ゆすりを始めたのかと、受け止めようとしていたが、次第に高まる揺れに対して、異様な怖れを強く感じ取っていた。そして揺れは左右に増幅を始めながら、止まる気配さえ無かった。おそらく2分程度は本揺れが続いていたのではないだろうか。

そのときは相当に大きな地震が、相当に遠い場所で発生したのだろうと考えていた。通常は人的被害を与える地震といえども1分以上続くことは無いとみられるからだ。これが直下型であったらとっくにビル、マンションは潰れており、潰れないで揺れを続けているという状況こそは、しかもこれだけ大揺れに揺れた地震というものこそは、そんな超大地震の想像を高めていたのである。

人間の力で地震を止めることは出来ない。なんとまあ非力なものかと感じ取らざるを得ないのだ。

群馬の実家に電話したところ、東京と同じような状況であったようである。おいらの出身県の群馬は活断層が存在しないとされており、これまでに身の危険を感じるような地震には遭遇することなく過ごしてきたのだ。だがしかし今回の地震に接して、本当の怖さを身に染みて感じさせられたという印象なのだ。

都内の電車は止まっていて、自宅に帰ることさえ出来ない人々が駅前にごった返していた。市役所が宿泊所を設定するというアナウンスもされていたようである。不安定な状況下での交通マヒは、多くの市民の不安を助長するのではないかと懸念する。JRや他の私鉄と市当局等のスムーズな連携を願う。

青森の親善大使「いくべぇ」に遭遇

東北新幹線が新青森まで開通し、JR東日本は、TVや雑誌媒体を巻き込んでの青森キャンペーンに余念が無い。4月23日からはさらに「青森ディスティネーションキャンペーン」が大々的に行なわれるのだといい、その為に昨年の2月に誕生したのが「いくべぇ」である。全国を行脚しながら青森をアピールしているのだ。

青くてずんぐりと丸っこい身体は青い林檎のようだと思っていたら、やはりそうだったようで、頭の上には林檎の花を乗せている。最初のデザイン画では青森の「A」をあしらった三角形が強調されていたのだが、実際のぬいぐるみのキャラは、足もほとんど見えないくらいに短足でずんぐりしていて、より林檎のイメージが強調されている。

長かった冬がようやく終わりを告げた春にこそ、青森に来てくださいということのようだ。確かに冬の青森は、自然溢れる温泉地での雪見風呂などを体験できるが、行動範囲は限られてしまう。温かくなって行動範囲が広がる季節は、青森を体験するに相応しいといえるのかもしれない。

青森には何度も足を運んだことがあるが、まだ日本海側の土地を旅したことが無い。太宰治さんの「津軽」には、故郷「津軽」のみならず、深浦、鯵ヶ沢などを巡った彼自身の旅が生き生きと描かれていて興味をそそる。今年こそはそれらの地域を旅したいと考えているところなのだ。

「離婚は卒業」と強弁する悪女、沢尻エリカの新たな芸能戦略

 

スポーツ紙上ではまたぞろ、沢尻エリカの離婚騒動の記事が踊っている。先日の「たかの由梨」が設定したマスコミ会見場にて沢尻エリカは記者団の質問に答えるかたちの受け答えの中で、高城剛氏との離婚を「離婚は卒業」だと語っていた。夫の側としてはかなりの屈辱的なコメントなのだが、エリカにとってはこんな男の扱いは極めて日常的な行為でしかないようなのである。

スポーツ紙、芸能マスコミの報道内容をざっくり眺めてみるならば、「聖女と悪女」というのが今回の、たかの由梨CMのテーマだそうである。そして、聖女よりも悪女というのが、沢尻エリカに対する多数派の評価なのだというのである。

「悪女」論については当ブログでも過去に述べたことがあるが、今回はそれについては控えよう。

芸能マスコミ界では一段とスター扱いのエリカではあるが、過去のスターとの違いは歴然としている。例えば、松田聖子、中森明菜、ピンクレディー達のようなビッグヒット曲を持つわけでもないし、山口百恵のように、カリスマ的な存在感を示している訳でも残念ながらないのである。

彼女のプロフィールの中で唯一強調されるべきものは、井筒和幸監督による映画「パッチギ」に主演したときの演技力が秀逸であったということである。否、そのことでしかないと云ってよい。確たる実力が無いアイドル・タレントの末路は悲惨であることを、はてな沢尻エリカは自覚しているのであろうか?

時は折りしもSoftbankのCMでは、加藤清史郎君が「ちやほやの法則」についての講義を行なっている。初めはだれもがちやほやする。ちやほやされる度合いが強ければ強いほど、それだけ高く高くと持ち上げられて、ついには落とされるのである。芸能マスコミが一旦持ち上げた対象を落とすことは初めからの約束であり、約束に従ってジャリタレは落とされては泣きを見る。これこそ芸能マスコミ鉄板の法則の一つである。

彼女はたぶん、高をくくっているのだろうか? いつか落とされることは自明であり、それから井筒監督に救いを求めても遅いのである。早く井筒監督の下でもう一度、しっかりとした女優の修行に励むしかないのである。

初ガツオ(初鰹)の季節が早くも到来

地元のスーパーで「カツオの刺身」を目にした。宮崎県産の生ものだという。宮城県産などの解凍ものは1年中出回っているのだが、生のカツオがこの時期に出回るものとは知らなかった。早速購入して味わってみたのは云うまでもない。

カツオは生食にされる魚の中でも比較的足のはやい傾向があり、新鮮なものは旬の時期の生ものに限る。年中出荷されている解凍ものは、どこかどす黒い色味をしているのが気になって仕方がない。おいらもあまり解凍ものは好んで食べようとは思わないのだ。

それなのに今回の生カツオは、見るからに艶が良くて、ほのかに桃色ピンクの色彩を放っているのには少なからず心奪われていた。紛れもなく今季初の「初カツオ」である。口にふくめばまるで青い青年のように純な味わいが拡がってくる。脂がのって濃厚な「もどりカツオ」の濃厚なものとの違いは歴然として一線を画している。

そもそも古の頃より「初カツオ」の季節というのは初夏とされており、2月のこの時期に食されるものではなかった。「目には青葉 山ほととぎす 初がつを」の句に詠われた旬の時期は、目に鮮やかな青葉が生育し新緑に染まる5月の頃なのだとされているのだ。

あらためて考えてみれば不思議な現象ではある。猛暑や大雪が日本列島を襲っている昨今、あまりに早過ぎる「初カツオ」の収穫を目にして、異常気象の表れではないことを願ってしまう。

美味しい初カツオを味わった食後のコメントにしては、少々陰鬱なものになってしまったようである。嗚呼、マイゴッド!

春を告げるヒヤシンスの香りにうっとりなのだ

先月ふと街の花屋でみかけて購入した「ヒヤシンスの鉢植え」が、ようやくここにきて花弁を開いて花を咲かせた。ご覧のような白とピンクと紫の3色のヒアシンスが清楚な花弁をたたえる鉢植えである。

花弁が開きかけた数日前には気が気ではなかったのだ。白、ピンク、紫の蕾たちのそれぞれが下を向き、いつその花を開くのか、全く見当もつかなかったからである。だがここにきて蕾は上を向き花を咲かせたのでありました。

そして我が家の中では珍しいくらいに甘い香りをたたえているのであります。プーンと漂うヒヤシンスの香りにうっとりしつつ、かつてあまりないような甘味なる現状にうっとりとさせられていたのでした。

香りとは「かほり」ではなく「かおり」或いは「かをり」と記さなければならない。馬鹿げた小椋桂的シンガーソングライターの書いたへんてこりんな歌詞などに、決して惑わされてはならないのである。

さてさてそれはともかくも、ヒヤシンスのフレーバーな香りは、とても強烈なるも代物なのなのである。鼻腔を刺激されるるのみならず、そんな甘味な香りにうっとりとしてしまい、香りの楽園に迷い着たようだった。家に着いた途端に強烈なるフレーバーの出迎えを受けて以来のおいらの嗅覚はといえば、益々退化しているということが明らかなのだ。

これでいいのかという疑問と共に、香りの持つ或いは影響を及ぼす力に、思いを強くしたということなのでした。