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今年後半の第151回芥川賞受賞作品である「春の庭」を読んだ。作者は純文学界の実力派として評価される柴崎友香さんである。
物語の骨格は、世田谷のある古いアパート「ビューパレス サエキIII」に引っ越してきた太郎と、同じアパートの住人達、とそして接する水色の洋館にまつわる人々が登場人物である。水色の洋館にはかつての住人による写真集の舞台となっている痕跡があり、そんな写真集に描写されたシーンの数々とともに物語が流れていく。これらの描写における表現法が、作家・柴崎友香さんの持ち味であることが、読み進めるに連れて理解されていく。描写方法がかなり独特であり、柴崎流とも称すべきものなのだ。芥川賞選者の一人である高樹のぶ子氏が、「ノスタルジックな磁場」という表現で評価していたが、場所における磁場と其れを取り巻く人間存在がテーマとなっている、意欲作だと云ってよい。
読み進めるに当たっては数々の読書の壁に付き合わされていた。ある種の三人称の記述が所謂教科書的では無かったこと、突拍子もない派生的かつ偏執的なストーリーが盛り込まれていること、さらには、終盤の意外な展開等々が、読みずらい思いを強くしていたが、それを踏まえてもこの小説世界のビジョンには特異な個性を感じ取っていた。さらなる作家のこれからに期待したいのである。